♯376 尊き誓いの魔術
――まだ幼かった頃の先代聖女ミネット。
身体の弱かった彼女は、少しでも身体を鍛えたいと、そして市井で知識を得たいと、都民には内緒で
そんな彼女がある難しい試験に挑んでいたとき、それは起こった。
とある事故によって、一人の女生徒が瀕死の状態に陥る。ミネットとも多少面識のある、心の優しい女生徒だった。未熟なミネットにはどうしようもなく、怯え、助けを呼ぶしかなかった。
そのときミネットの声に応えたのが、近くにいた銀髪の女の子だった。
銀髪の女の子は懸命に女生徒を助けようと処置をしたが、それ以上どうしようもなく、強力な治癒魔術を扱えるアカデミーの講師や医者の到着を待つしかなかった。
しかし間に合うことはなく、生徒がついに息絶えたとき――その場に現れたのが、年幼くも学院トップクラスの天才だと言われていた少女。彼女は実際にこの難しい試験を難なく突破していた。
『そこのお前。魔力を貸せ』
ぶっきらぼうにそう言った少女は、ミネットではなく銀髪の女の子から魔力を譲り受けた。
そしてミネットも知らない、見たことのない魔術を使った。それがどういうものなのか、その場で瞳の力に目覚めかけたミネットはある程度理解することが出来た。
女生徒はその場で息を吹き返した。
ミネットは、始まりの聖女ミレーニアの奇跡にも匹敵するであろう魔術を目の前の幼き少女が生み出した奇跡に感動し、そしてすぐに愕然とした。
これこそが事故の要因。
女生徒は――強い毒性のある魔力を生み出す類い稀な特異体質だった。
ゆえに、魂を共有したことで二人の間に魔力の循環が生まれ、術者の少女までもが危険な状態に陥りかねなかった。
蘇った少女はすぐに決断し、力強く言葉にした。
『魔術を解いて』
『迷惑だから』
『余計なことしないで』
『わたし貴女が嫌い』
『解かないなら今すぐ自分で死ぬよ』
彼女が本気だと知ったのであろう術者の少女は、とうとう自ら生み出した奇跡のような魔術を解いた。
ミネットには解っていた。その女生徒は生まれながらの体質によって全身はおろか、魂すらも毒に蝕まれていたのだと。毒に冒された魂はどれだけ肉体を活性化しようと、どれほどの生命力を注ぎ込もうと元に戻ることはない。
自ら命の糸を断ち切った女生徒は、ふっと柔らかく微笑んだ。
『うそ。本当は好きだよ』
残されたわずかな時間に、想いだけを残して。
『ありがとう。友達になってくれて』
それだけ言って、女生徒は死を受け入れた。
その死を見届けた幼き天才は、黙ってその場に立ち尽くした。
試験が終わり、皆が女生徒の死を悼んだ。そこにあの少女はいなかった。
そして少女は学院から、街から姿を消した。
幼き天才が生み出した命を分け与える魔術は大きな注目を浴びたが、多くの魔術師たちが研究・模倣を重ねた末に死者を出すこととなったため、やがて危険なものとして禁忌指定される。
ミネットの『
「――“それがお二人の願いであると想像したからです。それでも、いつの日か。あの尊き誓いの魔術が正しく理解されるときが来ることを願います”――」
ミネットの思いを代弁し、ソフィアはそっと日記を閉じる。
「以上、おしまいです。この銀髪の子っていうのがイリアママなんだって、後の日記を読んでわかったよ」
「そうなんだ……そっか。そんなことがあったんだね……」
「フィオナさんが俺に使ったというのは、その魔術だったのか……」
話を聞いた二人ともが複雑な表情を見せた。
フィオナは察していた。
その幼き天才が、一体誰なのかを。
ソフィアは日記をテーブルに置き、あえて明るい顔をする。
「そーゆーわけで! 私たちはお母様のお気持ちを継いでいかなきゃね! クレスくんの記憶を取り戻すことには繋がらないかもしれないけど、何か参考になるかなぁ」
「うん、そうだね。ありがとうソフィアちゃん。クレスさんのために、たくさん調べてくれて」
「……そうだな。感謝します、聖女様」
「ふふーん、そりゃお姉ちゃんとおにーさんのためなら頑張っちゃうよぉ。あ、それとねそれとねっ! 実はこっちの、クレア様の日記にね、例のアレが事細かに記されておりましてぇ……」
「え? れ、例のアレって?」
困惑しつつ尋ねるフィオナ。寄り添うソフィアは「んふふー」となんだかニマニマした笑みを浮かべる。そしてクレスには聞こえないよう、フィオナの耳元でこっそりとささやく。
「ほーらー。前に話したでしょお? 聖女は純血を守るために、女の子同士で“そういうこと”するって」
「えっ! そ、そそ、それじゃあ――」
「だからオトメのヒミツなの♥ これってつまりシャーレ様も公認っぽいし、私がフィオナちゃんに“そういうこと”教えてもらっても大丈夫ってことだねぇ♪」
「ふぇっ!? ソ、ソソソフィアちゃん? あの、や、やっぱり、ほ、ほ、本気……!?」
「知ってるでしょ? 私はいつでも本気な乙女だよ」
ニッコリと微笑む興味津々そうな妹の顔に、いよいよ逃げ道が塞がれたフィオナはもう為す術がなかった。だからといって実の妹とそういうことするなんて想像ができな――いやつい想像してしまってフィオナは「わぁ~~~」と顔を塞ぎ、クレスは一人ポカーンと呆ける。
ソフィアはそんな姉を見てニッコニコしていたが、すぐに口元を押さえてあくびをした。そしてそのままフィオナに抱きつく。
「わわわわっ!? ソ、ソソソソフィアちゃんダメだよここじゃクレスさんも見てるしそんな急にふぁ~~~!」
「んん~……最近あんまり眠れてなかったから……ふぁ……今日くらいは、甘えちゃってもいいよねぇ?」
「え? ソ、ソフィアちゃん?」
「えへへへ……久しぶりの……お姉ちゃんまくらぁ………………」
そうつぶやくと、ソフィアは姉に身を預けたまますぅすぅと寝入ってしまった。メイドが謝罪のために頭を下げて動こうとするが、フィオナは笑って応える。
「――ふふ。とっても気持ちよさそうですから、しばらくは」
普段人前では見せないだろう緩みきった顔で安らぐ妹の髪を優しく撫でるフィオナ。メイドがまた頭を下げ、身を引く。
クレスが安心したようにティーカップへ手を伸ばしたとき、扉の方からこちらを覗いていた女性神官二人がなにやら嬉しそうにキャッキャとはしゃいでいたのに気付く。さらにその背後から咳払いが聞こえると神官たちは謝罪と共に去っていき、残された大司教――レミウスがこちらに頭を下げ、彼もまた法衣を翻し、歩き去っていった。
「……どうやら、二人の聖女様は注目の的のようですね……」
「おかげさまで城の雰囲気も大変明るくなっております」
クレスのつぶやきに黒髪のメイドが淡々と返し、フィオナはまたくすっと笑った。
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