♯375 秘密の教典♥
◇◆◇◆◇◆◇
シノとの反復経験は少々過激なものになってしまったが、それでも師との再会はクレスに間違いなく良き影響をもたらしてくれた。
こうして聖都に戻ってきたクレスとフィオナは、またあちこちで反復経験を積みながら記憶の旅を続けた。
まずはクレスが希望したとおり、スイーツ作りである。
かつてのクレスは、ケーキや『パフィ・ププラン』といったスイーツの生地作りをするのが上手かった。そもそも自分たちがスイーツ店を営んでいたという事実がクレスにとって信じがたいものであったが、そこはやはりクレス。一度学んでしまえば呑み込みは早く、フィオナが指導すればあっという間にまた生地作りの腕を上達させていった。これにはレナもびっくりしたほどである。
「もうじゅーぶんウマくない? クレス、ホントにわすれてるの?」
「ああ。身体が覚えている――というやつかな」
「ふふ、とってもお上手ですクレスさん♪ これなら光祭用のメルティルさんのケーキもバッチリですね!」
家族でスイーツ作りをして、その味を確かめて、まだまだ作りが甘いと感じたクレスがストイックに励み出す。以前も頑張りすぎたクレスが倒れたことを話したり、看板商品の『パフィ・ププラン』を武器に街のフェスタに出場したこと。看板娘コンテストにフィオナが出場して、亡国の王女ルルロッテと対決をしたこと、クレスが審査員を務めたことなど、ルルロッテから求婚されてしまったことなど、今では懐かしい話も出来た。
そしてそんな話をしていたタイミングで、氷雪の国『エルンストン』から光祭のために来訪したルルロッテと再会。護衛役についてくれていたヴァーンとエステル、そして彼女の執事が見守る中、ルルロッテは記憶を失ったクレスのことを我が事のように心配し、励ましてくれた。
「このお嬢様よぉ、クレスの話しちまってからいても立ってもいられなくなって、予定より早く行きてぇって聞かなくてなァ。やっぱ頑固なとこあるぜコイツ」
「少しは目上の人間に対する配慮と言葉遣いを覚えなさい。ほら、お座り」
「テメェは目上じゃねぇしクソチビだしオレ様は犬じゃねぇぞゴラァ!」
「そうね、ワンちゃんはもっと賢いわ。評価を改めて……やはりスライムかしら」
「ワンワンワァァァーーーーン!!」
吠えながらめっちゃ恐い顔で威嚇するヴァーンと冷めた顔であしらうエステル。そんな二人の間に入った笑顔のルルロッテが「まぁまぁお二人とも」とすっかり慣れた様子でなだめ、クレスは呆然としたものであった。
――陽が落ちるのがさらに早まり、吐く息が白く立ち上る。
街は煌びやかなを増し、比例して明るい顔の人々が増えていた。既に今年の仕事を終えた大人たちも出始めていたが、ケーキ屋などはまさにかき入れ時である。
そんな『光祭』を間近に控えた中、クレスとフィオナは聖都の中心たる『聖エスティフォルツァ城』へと足を運んでいた。
時間を作ってくれたソフィアと謁見――もといお茶会を行うためである。そしてそれは過去に何度も行われてきた反復経験だ。
クレスは聖女相手にこんな時間を過ごすことをとても不思議に感じていたが、やはり身体が覚えていたのだろうか。緊張感はいつからか安堵へと変わり、ソフィアの専属メイドが見守る中で豊かな時間を過ごすことが出来た。
ここで一番長く話したのは、ソフィアが神域に閉じ込められ“天星”しかけたこと。そんな彼女をフィオナが迎えに行ったことだ。フィオナはソフィアの双子の姉であり、聖女の素養があったのである。これにはやはりクレスも驚くほかない。
今では笑い話に出来る思い出だが、当時は皆が大変な思いをした。クレスもこの聖城でフィオナとソフィアの帰りをじっと待ち続けたのだ。
「それで無事に帰ってこられたわけ! つまり、お姉ちゃんの婚約者であるクレスくんは私にとって義理のお兄さんなのです。おにーさん♪」
「お、おにーさん!? 俺が、聖女様の……!?」
外は冷えるため、本日は屋内でのティータイム。
ソファ席の真ん中にソフィアが、左右にクレスとフィオナが座る形で、ソフィアはクレスに身を寄せてささやく。
「んふふ。それでねぇ、私はクレスくんと間接キスしちゃったんです。キャッ。だからぁ、クレスくんは男の子として責任をとらないとだよねぇ?」
「なっ……!? ほ、本当にそんなことが? しかし、責任とは一体どうすれば……!」
「え~それを女の子に言わせるのぉ? それじゃあ教えてあげるから、後でベッドに――」
「ソ・フィ・ア・ちゃん?」
「あはは! 冗談だよ~フィオナちゃんっ。クレスくんホントに覚えてないみたいだからついからかっちゃった。ごめんねぇクレスくん♪」
「な、なんだ冗談か……はぁ…………しかし、聖女様はこういう人だったろうか……?」
「もう~、クレスさんの記憶がないのを良いことに」
嬉しそうにクレスの腕にくっつくソフィア。どうすればいいのかひたすら困るしかないクレス。フィオナはちょっぴり呆れつつも、変わらず、そして明るくクレスに接してくれるソフィアには感謝していた。
そこでソフィアが「あっ」と声を上げてクレスから離れる。
「そうだそうだっ。あのね、ちょっと調べてたことがあるんだけど、ねぇねぇあれ持ってきてくれてある?」
ソフィアが声を掛けたメイドは、「ねぇねぇ」のタイミングで既にその物を用意しており、すぐにソフィアへと手渡した。
「ありがと! じゃーんこちらです!」
ソフィアが胸の前に掲げた一冊の書物を、クレスとフィオナが覗き込むように見る。
「ソフィアちゃん? えっと、それって……」
「『
「ええっ? そ、そうだったの!?」
「うん。こっちのは10代目クレア様ので、こっちは7代目リゼ様の。そして私が持ってるこれが、先代――お母様のだよ」
「ミネット様の……日記……」
「聖女の日記はそれぞれ厳重に管理されててね、読んでいいのは聖女と聖女が許可した者だけって決まりがあるんだけど……私は今までほとんど読まなかったんだぁ。だって、いくら子孫でも日記読まれるのって恥ずかしいでしょ? 私も少しだけレミウスに読ませたの後悔してるし!」
ちょっぴり恥ずかしそうにはにかむソフィア。フィオナも納得して笑った。
「しかし聖女様……その日記を、なぜ今になって……?」
そんなクレスの疑問に、ソフィアは「うん」とうなずいてから答える。
「あのね、クレスくんの――あ、『おにーさん♪』のために何か出来ることないかなーって考えてて」
わざわざ可愛らしく呼び直してウィンクをし、ペラリと厚い日記をめくるソフィア。
「そこで思いついたの。昔、この聖都で禁忌の魔術――《結魂式》が初めて使われたときのこと。そのことを調べたら、何かクレスくんの記憶を取り戻す役に立てないかなって」
「「!」」
「あはは、驚いた? でも当時のことをちゃんと目撃してた人ってほとんどいなくって、公的な書類なんかも残ってなかったんだぁ。それでピーンときたの! 歴史的な記録ならここにもあるじゃーんって。それで歴代聖女様の日記を読ませてもらったら、お母様の日記にそのときのことが書き残してあって――ちょっと読むね」
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