♯367 俺は、俺のことが知りたい
◇◆◇◆◇◆◇
家に戻ったクレスとフィオナ、そしてレナの三人は、スープのみの簡単な食事を済ませて眠りについた。慌ただしい一日がようやく終わりを告げる。
――そして翌朝。新しい日常が始まった。
「おはようございます、クレスさんっ」
「ん…………ああ。……おはよう……」
普段は目覚めの良いクレスだが、今日ばかりはどこかぼんやりとした顔で朝の光を浴びた。それでもいつも通りの時間に起きてしまう辺りは何も変わっていない自覚があったが、やはり、頭の中には常にモヤが掛かっている感覚がある。
長い銀髪を後ろで一つに結んだフィオナが、朝陽に負けないくらい眩しい笑顔で言う。
「昨晩は簡単に済ませてしまいましたが、今日からはまた美味しいものをたくさん作りますね! クレスさんは疲れているでしょうから、ゆっくり休んでいてください」
「……あの子は?」
「あ、レナちゃんでしたらずいぶんと早起きをしてアカデミーに戻りました。今回のことを説明しなきゃいけないからって。わたしも、後でモニカ先生に――あ、お世話になっている先生にお話しにいこうと思っているんです」
「……そうか」
クレスは改めて自らの立場を理解した。
もしも自分の置かれている状況がなにかの幻や夢ならば、一晩しっかりと眠ることで醒めたかもしれない。そう願っていた。しかしそうはならなかった。
自らの頭に手を当てるクレス。
どれだけ思い出そうとしても、あの日の先の記憶はない。
魔王メルティルを討ち果たし、街へ帰る途中で力尽きた。それが最後の記憶だ。
クレスはあのとき自らの死を察した。身体が重く、血の気が引き、走馬燈のように様々な光景が頭を駆け巡った。死は怖くなかったが、それでも一つ――
「…………あのとき、俺、は……」
死の間際――幼い女の子を思い出したような気がした。
不思議と、そのおぼろげな記憶の欠片が心を落ち着かせてくれた。
その安堵は、目の前の彼女にも――
「? クレスさん?」
フィオナがキョトンと首を傾げた。
クレスは、ベッドの上で言う。
「俺も、連れていってくれないか」
「えっ?」
「俺は、俺のことが知りたい」
真剣な顔でそう告げるクレスに、フィオナは少しだけ驚き、それから優しくうなずいた。
朝食をとった二人は、まず聖都のアカデミー――『聖究魔術学院』へと向かう。
抗議の合間のわずかな時間に、アカデミーの講師モニカの部屋で彼女に会うことが出来た。
「あららら~クレス様が記憶喪失!? んまーそれは大変!」
パッチリおめめで驚きのリアクションを見せる白衣姿の若い女性。ちょっぴりあどけなくも、面倒見や人当たりの良い彼女は多くの人に好かれている。だが、クレスには彼女の記憶はなかった。初対面であるはずなのに相手は違う。彼女の反応にクレスはちょっぴり困惑した。
「――なるほどなるほど。いろいろあったみたいだねぇ。レナちゃんから連絡がなかったのも納得です!」
「はぁ……フィオナママが説明してくれてよかったよ。朝からモニカせんせーずっとうるさくてたいへんだったし……」
「それはレナちゃんが心配だったからだよ! 先生として教え子を守るのは当たり前だからねっ。危険な真似をしたのはいけないことだけど、フィオナさんとクレス様を守ったのはエライです! さすが私の可愛い生徒だよ~~~にへへ!」
「うう……フィオナママみたいなめんどうくささ……」
モニカの抱擁を受けて鬱陶しそうな顔をするレナに、フィオナがくすくすと笑う。講師と教え子は似てくるものなのかもしれない。クレスはそんな三人の様子をぼうっと見つめていた。
「あの、モニカ先生。『
「そんなのいいよ~フィオナさん! 会いに来てくれただけで嬉しいし! でもホント大変だねぇ。私もなにか力になれたらいいんだけど……魔術のこと以外はからっきしな乙女ですゆえ。ごめんねぇ」
「そんな、謝らないでくださいっ。お話を聞いてもらえただけで十分ですから」
「ウーン。困ってる教え子を助けられないなんて講師失格だなぁ。失った記憶を取り戻す、なんて都合の良い魔術があればいいんだけどねぇ」
またまたウーンと腕を組んで悩むモニカ。クレスも、やはりモニカとこうして会ってみても思い出せるようなことはなにもないようだった。
そこでモニカが「あ!」と顔を上げる。その際に眼鏡が勢いよく飛んでいったがモニカはまったく気にしない。
代わりにレナが拾ったところで、モニカがなにやら窓際へ近づきガラス戸を開いた。
「こんなところに黒猫ちゃんなんて珍しい~! おいでおいで! 魔術の世界では黒猫は縁起がいいからねぇ。もしかしたらクレス様の記憶を取り戻すきっかけになってくれるかも!」
「モニカせんせーなにいってるの…………って」
眼鏡を返そうと歩き出したレナが、ちょっぴり嫌そうな顔をして固まった。
「げっ。ひょっとして――」
レナがそうつぶやいた瞬間。
窓の外から素早く中へ入ってきた黒い猫は、勢いよく飛んでレナの頭に乗っかる。
フィオナが目をパッチリ開いて驚愕した。
「その鈴は……ショ、ショコラちゃん!?」
「うわぁやっぱり」
げんなりするレナの頭上で、黒猫が「ニャー」とご機嫌に鳴く。
「あれま? フィオナさんたちのお知り合いかにゃ?」
「……ショコラ? ――まさかっ……!」
立ち上がったのはクレス。
そこときフィオナはひらめいた。
クレスの失われた空白の期間外で既に出会っていたはずの“彼女”なら、また力になってくれるかもしれないと。
だからフィオナはすぐにお願いをした。
「ショコラちゃん、お願い! 今からセシリアさんのところへ連れていってくれないかな!?」
レナの頭の上で、黒猫ショコラがこてんと頭を傾げて尻尾を揺らした。
◇◆◇◆◇◆◇
そのままモニカと別れ、ショコラの魔術【
「ごっしゅじ~ん! お客さんだよ~!」
人化モードのショコラの後を続いて、森の中の小さなお店へ入る二人。
そこで二人を出迎えてくれたのは、エメラルド色の美しい髪が印象的なエルフ族の女性店主。彼女は二人を見るなり破顔する。
「まぁまぁ、嬉しい
「セシリアさん、お久しぶりです!」
「うふふ。お元気そうでなによりです、フィオナさん」
本当に嬉しそうに手を合わせて喜ぶセシリア。
そんな彼女の柔和な微笑みを見て、クレスが呆然とつぶやく。
「……セシリア」
「クレスさんも、変わらずお元気そうですね。その後、体調はいかがですか? フィオナさんがいらっしゃいますから、ご心配はないかと思いますが――」
と、そこでセシリアの表情が少しだけ変わった。
「……クレスさん……ですよね?」
何かに疑問を抱いたような彼女の発言に、クレスもフィオナも同時に驚く。
フィオナが話を切り出した。
「あの、セシリアさん。実は――」
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