最終章 永久の誓い編
♯362 結ばれた魂
「――クレスさんっ!!」
駆け出すフィオナ。ヴァーンたちも一斉に続く。
ヴァーンがクレスを仰向けにして、皆が彼の顔を覗き込んだ。
眠るように目を閉じているクレス。その身体から、先ほどの一戦でも放出されていた白き生命力の闘気が今もゆらゆらと立ち上っている。
「クレスさん! クレスさんっ!」
「オイオイんだよいきなり! 力の使いすぎか? つーか意識を失ってなんでまだ闘気が漏れてやがる!」
「これは……フィオナちゃん落ち着いて。あまり触らない方がいいかもしれない」
「ねぇ、クレスどうしたのっ」
「えー! クレスどうしちゃったんです!? ひょっとしてあたしのせい!? もしくは魔王様と闘っちゃったせいー!?」
「やかましい黙れ貴様ら。エリシア」
「うん」
エリシアがフィオナたちの間からそっとクレスの傍らにしゃがみ、彼の身体に触れる。そしてすぐに口を開いた。
「
「たたた大変です~! どうして急にこんなっ。ひ、ひとまずお休みを!」
冷静に観察するメルティルとエリシア。メイドのリィリィはクレスの枕元に座ると、自身の膝上にクレスの頭を乗せた。
「オイオイクレスがその程度のコントロールも出来ないはずねぇぞ。どうなってやがんだ!」
「クーちゃんの身体で何か異常が……? ――ん、ひょっとして、あの薬の副作用……?」
フィオナはエステルのつぶやきを聞いてハッと思い出す。あの“運が良くなる薬”を貰ったとき、確かに副作用があるかもしれないとは言われていた。
そこでウサ耳をピンと伸ばしたニーナが走り出し、砕け散っていたあの薬瓶の破片を見つけて持ってくる。
「クレスが飲んだのってこれでしょ!」
「もしかして、この薬の副作用でクレスさんの生命力が流れ出て……? ど、どうすればいいんでしょう! わ、わたしっ!」
「落ち着いてフィオナちゃん。メル」
ニーナから瓶の破片を受け取ったメルティルが、わずかに付着していた薬を指ですくい取り舐めた。
そしてつぶやく。
「ふん、ごく微量に『バーサークポーション』の成分が入っている」
『!!』
エリシアだけは落ち着いていたが、フィオナたちは一様に驚く。その薬の名を知らない者はまずいない。幼いレナでさえ既に習っているものだ。
「オイエステル。そいつは確か昔の大戦で使われた」
「ええ。バーサークポーションは希代の天才
ふと考え込み、すぐに頭を振るエステル。今はそのようなことを思案している場合ではなかった。
「つまり、クーちゃんの不調はやはりこの薬の副作用せいということかしら」
「マジかよオイ! 運が上がるかわりに死ぬって逆に運悪すぎるだろうがッ!」
そう思案するエステルと憤慨するヴァーンに、しかしメルティルは「ふん」と鼻を鳴らして腕を組む。
「違うな。この馬鹿が妾に匹敵するほどの力を発揮したのは完璧に調合されたその“副作用”のおかげだ。そもそもニーナの結界を壊せたのが完全な薬である証明だ。そうでなければとっくに妾が殺しているわ」
「え……? じゃ、じゃあクレスさんはどうして……!」
話が上手く理解出来ずに、困惑したまま問いかけるフィオナ。
そんなフィオナに、メルティルの視線が向く。
「
フィオナは、呆然と口を開く。
「…………え?」
ヴァーンやエステルたちも同様に、さらなる混乱を深めた。
ショックに声も出せないフィオナに、メルティルがたたみかける。
「何故人間共が《
解っていたはずだった。
フィオナはすべてを覚悟した上で禁忌に手を出したのだから。
「
クレスの胸元に手を触れるメルティル。
すると、そこから光る糸のようなものが伸びてきてフィオナの胸元に繋がった。《結魂式》による命の繋がりを他の全員もその目で見ることが出来た。
レナがクレスのそばに座り込んだままメルティルの腕を掴み、大きく口を開ける。
「ねぇ、じゃあなんでクレスはこうなっちゃったの! フィオナママの魔術のおかげでたすかったんじゃないの? いみわかんない!」
そう言って腕を揺するレナを静かに一瞥し、メルティルが言葉を返す。
「この世に死を否定する術など存在しない。神ですら抗えぬ理だからだ。それを人ごときの力で否定するのならば歪みが生じる。自然に還るべき
「……魂の、傷……」
フィオナは自身の胸元に手を当てる。その奥が、わずかに痛んだ気がした。
メルティルは、なぜかとても不快そうな顔をする。
「この男の肉体は完全だ。全盛と言っていいだろう。だが、傷ついた魂を持つ肉体は常に貴様から注がれる豊潤な生命力を受け止めきることが出来ず、崩壊を起こす。
忌々しく断言するメルティルに、リィリィとエリシアがどこか哀しげに目を伏せる。
フィオナは、震える声で言う。
「……わたしの、せい? わたしのせいで……クレス、さんが……」
事実を突きつけられ、最も大切な人を再び失いかけ、フィオナは自らを責め立てる心に押しつぶされそうになっていた。
潤んだその瞳から、一筋の涙が流れる。
メルティルは、それを見て嘲笑した。
「はっ。今更後悔をするのか」
「え……」
「貴様はその全てを背負う覚悟でこいつを救おうとしたのではないのか。例え失敗して自らの命を落とそうと、人の世の罪を背負おうと、どのようなことになろうともこいつと共に生きることを願ったのではないのか」
「……わたしの…………願い…………」
「お前は何故こいつを愛した。それはお前だけの傲慢な意志か。こいつが何を望んでいたのかお前には解らないのか? その指輪に誓ったものをお前は忘れたのか」
まくし立てるようなメルティルの言葉に、フィオナはハッと大きく目を見開く。
見下ろす自らの薬指に光る指輪。
それは、クレスのものと違わぬ光を宿している。
悲しみで曇りかけていた思考が晴れる。今、自分のするべきことをハッキリと意識する。
フィオナは涙を拭い、キッと眉尻を上げた。
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