♯361 決着、そして――
幾多の攻防の末、クレスとメルティルは距離をとる。
開放していた闘気を剣と共に鞘の中へしまうクレス。落ち着いた表情で呼吸を整える。
メルティルもまた、思うままに昂ぶっていた膨大な魔力をすべて霊杖へと集中。顔つきも静けさを取り戻す。
「――決まるぜ」
愉しそうな顔でヴァーンが笑う。
彼の言葉の意味を皆が理解していた。
次が、本当の決着となる。
かつて世界を形作り、そして世界に翻弄された勇者と魔王が、すべてのしがらみを振り払って純粋な決着をつける。
クレスは腰を落とし、左手に鞘を、右手に聖剣の柄を握る。目を瞑り、深く長い呼吸をして、己のすべてを一点へと集中させる。鞘の中からかすかに漏れ出る輝きは太陽のような眩しさを放つ。
対するメルティルの霊器が彼女の魔力によって再びカタチを変え、掌の上の宝玉を闇の結晶によって生まれたリングが三重に囲う。リングの中で緩やかな回転を始めた宝玉は、周辺の景色さえ歪ませるほどの深い魔力の渦を生む。
フィオナが祈るように手を組む。
「……クレスさん……!」
闘う二人の一挙一動を全員が見守る。
そんな張り詰めた緊張感の中で、フィオナたちは見た。
互いに笑う二人を。
「行くぞ、メルティル」
「わざわざ宣言するな間抜け」
刹那。
「
踏み込んだクレスの抜剣。
一部の隙もなく完全なる挙動で抜かれた剣から溢れた光は、すべてを斬り裂く聖なる刃となって放たれる。
「――【
霊器より放出された魔力はメルティルの影と同化。実体化した暗黒なる影の両手に握られた
二人の最後の一撃に、皆が目を見張る。
それは、一つの時代が終わる瞬間。
歴史の転換点。
まさに勝負は一瞬だった。
クレスとメルティルのすべてを込めた技は――互いに混じり合い、そして消滅した。
静まりかえる世界。
クレスが額から汗を流し、つぶやく。
「やはり、お前は強いな」
聖女の祈りが込められた勇者の剣『ファーレス』の刀身にヒビが入り、やがて二つに折れた。
メルティルが手を下ろす。
「ふん。確かに、あの頃よりはずいぶんとマシだな」
魔王の霊器『ゲヘナ・ズィール』の宝玉もまた砕け、散る。
メルティルが指を弾くと、【シャットダウン】空間の魔力が帳を下ろしたように消え去る。同時にメルティルの身体が元の姿に戻っていった。
元の世界で相対する二人。
決着はついた。
それは、二人の満足げな表情を見れば誰にでもわかることだった。
だから、フィオナたちも笑う。
長い時間をかけ、様々な運命をくぐり抜けた末に辿り着いたこの場所で。
皆が見守る中で、剣を失ったクレスがその手を差し出す。
「感謝する。ありがとう、メルティル」
メルティルが少し驚いたように彼の手を見つめていると、背後から「メル様! おてて! おててです!」「ほらメル、握手だよ~!」と騒がしい二人の声が聞こえてくる。フィオナやレナたちもなんだか嬉しそうにはしゃいでいたが、しかしメルティルは苦々しい顔で腕を組み、応えようとはしない。
「くだらん。馴れ合うな。気色が悪い」
「む……そ、そうか」
ちょっぴり残念そうに手を下げるクレス。リィリィとエリシアが「「んも~~~!」」と不満タラタラな声を上げてメルティルの眉間に皺が寄る。
「ふん。それよりもこれからはその手を別のことに活かすんだな。貴様の作る生地はまだまだまだまだまだまだ甘い。せいぜいあの魔性の嫁にしごかれろ!」
その言葉に、クレスがびっくりした様子で何度かまばたきをする。
それからクレスは笑った。
「ああ。次はスイーツで君を負かそう」
「やれるものならやってみろ馬鹿め」
どこか抜けた空気のやりとりに、フィオナやエリシアたちは揃って笑い合った。
そのとき。
「――え?」
フィオナが呆然と短い声を上げる。
彼女の視線の先で――クレスが、崩れるようにその場に倒れた。
倒れ伏したクレスは、ぴくりとも動かない。
メルティルがしゃがみ込み、クレスの首元にそっと触れる。そしてフィオナの方に視線を送った。
「――アルトメリアの娘。来い」
フィオナが、一歩を踏み出す。
「この男、このままではもう一度死ぬぞ」
その言葉を聞く前に、フィオナはもう駆け出していた。
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