♯360 本当の、勇者と魔王
「もしも俺に勝てたら――『パフィ・ププラン』の割引券を進呈させてもらう!」
『!?』
いきなりの発言に、フィオナたちがギョッとする。
ぴくっと反応したメルティルは――大きく口を開けて笑い出した。
「くっ……くく、ははは! あははははははははははは!!」
思う存分とばかりに腹を抱えて笑ったメルティルは、ちょちょぎれる涙を拭いながら言う。
「貴様にしては名案だ。だが無料券にしろ」
「む。わ、わかった!」
「永久無料券だぞ。貴様が生きている限り永久に妾に施す権利だ」
「なっ!? ま、待ってくれ! 生活もある、それはさすがに!」
「その代わり、お前が勝てば永久に貴様の店に通い続け十分な金を落としてやる。ついでに世界中のスイーツを知り尽くす妾のありがたい助言付きだ。文句ないだろう」
「なっ――!?」
困惑のクレスはバッとフィオナの方に視線を送る。
フィオナはしばしパチクリとまばたきをして驚き、それからくすっと笑いをもらしてうなずいた。
すっくと立ち上がるクレス。
「それで頼む、メルティル!」
「馴れ馴れしく呼ぶな、真性の阿呆め。だが――」
距離をとるメルティルは、振り向きざまに微笑してつぶやく。
「
その言葉と同時に、足を止めたメルティルの全身に暗黒の魔力がみなぎる。手には美しい宝石類と羽飾りで彩られた黒き杖が握られた。
杖からメルティルの中にさらなる膨大な魔力が注ぎ込まれ、次の瞬間、メルティルの背丈は大人ほどに大きくなり、髪は地に着くほど長くなって、頭部の角も巨大化。背中には六枚の暗黒羽が顕現する。麗しく、艶やかに、そして恐ろしく成長したメルティルの纏う魔力のオーラは紫に変質し、神々しい光さえ帯びる。
「『
「つまり、それが本気ということか」
「
凄まじい威圧感を受けながら、クレスは笑みと共に剣を握り直す。
「【シャットダウン】領域であれば現世界に影響はない。来い、胸を貸してやる。うっかり死ねば文句は言えんな」
クレスの身体から溢れる豊かな生命力の闘気は聖剣ファーレスに注がれ、煌びやかな聖光を発する。それはかつてのクレスには決して出せなかった光であり、見る者を安心させる光だった。
クレスは後ろを見た。
「――フィオナ」
一番伝えたい人に、伝えるべきことを言う。
「俺を、見ていてくれ!」
嬉しそうなクレスの表情と声に、フィオナは、大きくうなずいて応えた。
「はい!」
クレスは駆ける。
メルティルは傲岸不遜に立つ。
クレスが光剣を振るえばその光は天を貫き、衝撃は大地を裂くほどの力を発揮する。
メルティルの放つ絶対の魔力はそのすべてを呑み込み、周囲からクレスを侵蝕する。
闇を払うクレスはさらにスピードを上げ、縦横無尽な動きで四方八方からメルティルを狙う。しかしメルティルは退くことさえせず、その霊器の姿を連なる宝珠のように変えて堂々と正面からクレスをいなした。
元勇者と元魔王。
聖なる剣と魔なる杖。
激しい攻防は空間さえねじ曲げるほどの衝撃波となってフィオナたちを襲ったが、リィリィがメイドスカートを翻して皆の前に立ち、その手を広げて魔力の壁を作りフィオナたちを守った。
「リィリィさん!」
「皆さまは私がお守りいたします♪」
可愛らしいウィンクをして、凄まじい衝撃波を容易く防ぐリィリィ。フィオナとエリシアは驚きに目を見張っていた。
彼女に守られる背後で、ヴァーンが「んがあああああっ!」と大声を上げて前に足を踏み出す。片腕を派手に骨折し肉体にも大きなダメージを負っているはずのヴァーンは、そんな痛みなどまるで感じていないかのように昂ぶった目をしていた。
「チクショオオオオッ! あんなクソ面白そうな
「わぁ~! ダ、ダメですよヴァーンさん! 大ケガしているんですから!」
「もう! おじさんおちついてよ!」
「はぁ。
「ウソー魔王様と互角にやりあってるじゃん! クレスってやっぱすごーい! あたしの方が惚れ直しちゃった♪」
ヴァーンを押さえるフィオナとレナ。エステルは頭を抱えてため息をつき、ニーナはウサ耳をぴょこぴょこ揺らして喜ぶ。
「男の子は元気だなぁ。まぁまぁヴァーンくん、怪我が治ったらボクが遊んであげてもいいからさ。ここは二人の邪魔はせず見守っておこ」
「うおおおマジか!? 元最強の勇者サマが遊んでくれんのか! へへへその約束忘れんなよな! なら今回ばかりは大人しくしとくぜ!」
「ええ~! そんなお約束してしまっていいんですかエリシアさんっ」
「あはは、これも大事な縁だよリィリィ。ほら、メルの顔見てごらん」
エリシアに言われてそちらを見るリィリィ。フィオナたちも闘う二人に目を向けた。
「クレスさん……嬉しそうです」
「メル様も……なんだか楽しそうに見えます!」
二人の発言に、エリシアもうなずいて話す。
「もしかしたら、クレスくんは初めて本当のメルを全部受け入れてくれた人間なのかもね。むー。エリシアさん、ちょっと嫉妬しちゃうぞ!」
「ふふっ。エリシアさんは、本当にメルティルさんのことがお好きなんですね。どんな出逢いだったのか、お話聞いてみたいです」
「ホントー!? じゃあじゃあじっくり語っちゃおうかな? メルはねー、もうあのムスッとした第一印象が忘れられなくって、ほらほらみんなも座って聞いて!」
「なんでこんなとこで人ののろけ話きかなきゃいけないの……レナつかれた。フィオナママひざまくらして」
「こんなにのんびりとしていていいのかしら。目の前で歴史に残るべき戦いが繰り広げられているのだけれど……」
「いいんじゃねぇの? それに悪くねぇよな! 元勇者と元魔王がなんも背負うモンなく全力でやり合える世界ってのはよ!」
「魔王様も応援しなきゃだけど~~~、カレシを応援するのがカノジョってものだよねやっぱ! いけいけクレス~幸運の女神がついてるぞ~!」
そうして全員がほっこりと見守る中。
かつての勇者とかつての魔王は、休む間もなくひたすらに結びあった。
世界の存亡だとか、守るべきものだとか、役目だとか、そんなことは何も考えず。
お互いに、とても充実した表情で。
かつて世界の中心であった二人の本当の決着を目撃出来たのは、そこにいた幸運な者たちだけであった――。
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