♯363 離れゆく魂
「クレスさんを……助けたいです!」
フィオナは想いを吐露した。
「これからも一緒に生きていくために、二人で未来を歩くために、わたしに出来ることすべてをして、わたしのすべてをかけて、この人を助けたいです!」
その叫びに、メルティルが「ふん」と小さく笑う。
「こいつを救う方法ならある。お前も解っているな」
「はい! わたしの掛けた魔術が、《結魂式》がすべての原因なら、それを解けば――!」
フィオナの発言に、ヴァーンたちがギョッとして驚く。
「オ、オイオイ待てよフィオナちゃん! だが今のクレスはそのおかげで生きてられんだろ!? そいつを解いちまったらそれこそヤベェんじゃねぇのか!?」
「……いえ。魔術で起きた事象は基本的に可逆性を持たない。たとえ《結魂式》を解除したところでフィオナちゃんの注いだ寿命が戻ることはないでしょうし、クーちゃんが命を落とすこともないはずだわ」
「え……じゃあそうすればクレスはたすかるの!」
詰め寄るヴァーンとレナに、エステルがこくんとうなずく。
「けれど、一つ大きな問題がある。そもそも、《結魂式》は……」
エステルの言葉に、フィオナもまた神妙な面持ちでうなずく。
「はい。《結魂式》は永続的な限定魔術で、一度使ってしまえば解除することは出来ないと、そう云われています。わたしにも、解除の方法はわかりません」
「カーッ! んだよチクショウがッ!」
ヴァーンが地面を叩きつけ、レナが泣きそうな顔になり、リィリィがガーンとショックを受けた顔で涙目になる。
しかし、フィオナはそうではなかった。
「メルティルさん」
フィオナは凜とした態度で臨む。
そして言った。
「メルティルさんは、方法があるって言いました。それはきっと……この魔術を解くことが出来るから。《結魂式》を生み出したメルティルさんになら、この魔術が解けるはずですよね!」
『!!』
ヴァーンやエステル、レナ、リィリィ、ニーナが一斉に顔を上げて驚愕する。
果たしてメルティルは答えた。
「可能だ」
「やっぱり……! お願いしますメルティルさん! わたしがクレスさんに掛けた《結魂式》の魔術を解いてください! お礼は何でもします。だから、だからどうか――!」
フィオナの懇願に、メルティルは「ふん」といつも通りに鼻をならす。
「本当に良いんだな」
「はい」
「こいつの命を救う代わりに、他のすべてを失うことになってもか」
「はい」
「それでもお前は、なおこいつと共に生きることを誓うのか」
「はい!」
メルティルの問いかけに、フィオナの意思は一切揺らぐことはなかった。
そんなフィオナの瞳を見て、メルティルはまた一度「ふんっ」と鼻をならした。
「退け」
メルティルは再びクレスに目を向けると、その胸元――フィオナと繋がる糸を見つめて、そこに手を伸ばし、掴んだ。
「
次の瞬間、二人を繋いでいた光の糸が闇色に染まりバラバラに消え去った。途端にフィオナががくっと膝を折り、ヴァーンとエステルが彼女の身体を支える。
「フィオナちゃん!」
「へ、へいき、です。それよりも、ク、クレスさん、は……!」
苦しげにクレスの元へと近寄るフィオナ。メルティルは立ち上がり、そばを離れる。
「これで貴様からの生命力の供給は絶たれた。後は好きにしろ」
「……ありがとうございます。メルティル、さん……」
フィオナは、さらに彼の元へと近づく。
「クレスさん……」
膝をつき、彼の手を握りしめて、祈るように名前を呼ぶ。
「お願いします……どうか、わたしの、わたしたちのところへ、もう一度……!」
全員の注目が集まる中――クレスのまぶたがゆっくりと開く。
「……! クレスさんっ!」
ようやく意識を取り戻したクレス。フィオナは彼の背中を支えて身を起こすのを手伝う。
どこかぼうっとした様子のクレスは、寄り添うフィオナの顔を見つめていた。
「よかった……クレスさんが無事で……!」
そして、クレスがつぶやく。
「…………君は、誰だい?」
言葉を失った。
ヴァーンも、エステルも、レナも、リィリィも、エリシアも、ニーナも。
フィオナとメルティルだけが違った。
すべてを覚悟していたフィオナは息を呑み、震える手を止め。
そして、微笑む。
「……わたしは、フィオナです。あなたの、お嫁さんなんですよ」
二人の薬指に輝いていた指輪が、揃って砕けた。
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