♯344 お前らこそオレの
「……綺麗なところね」
と、聞こえた声に。
「お前のとこにも負けてねぇだろ?」
ヴァーンは、寝っ転がったまま答えた。
話しかけてきた人物は先ほどヴァーンが座ってきた切り株に腰掛け、足を揃える。しばらくの間、二人は言葉なく自然の音を聞いていた。
そこにまじるのは、家から聞こえてくる賑やかな声。やがて窓が開いて「にいちゃんメシー!」と呼ぶ声に、ヴァーンは寝たままひらひら手を挙げて応える。
星が煌めき始める黄昏時。
彼女が口を開いた。
「レナちゃんが助けに来てくれたわ」
「あん?」
「クーちゃんとフィオナちゃんを心配して、こっそり追いかけてきていたようね。夢魔の力で私たちの
「ほぉ、やるじゃねぇかガキンチョ。表彰モンだな」
「貴方は……起きていたみたいね」
「まぁな」
パチッと目を開けるヴァーン。子供姿の彼の手に、黒き槍が握られていた。
「こんなんただの夢みたいなもんだろ。オレ様の理想なら巨乳でプリケツのエロい女を何人も侍らせて朝から晩まで楽しんでるはずだからよ。まだあの黒猫のガキンチョの方がイイモン見せてくれたわ」
「そう」
「毒づかねぇな?」
「必要ないでしょう。でも、こんな絶世の美女がわざわざ迎えにきてあげているのだから理想と言っても差し支えないわね。感謝なさい」
「ハァ~?」
思わず身を起こすヴァーン。そして、少しだけ驚く。
切り株に座っているのは、彼が見たことのない幼き日のコートを纏った少女だった。
ヴァーンは頭を抱える。
「……オイオイオイ。神ってのは残酷だなァ」
「どういう意味かしら」
「なーんでそこからあんなちんちくりんで成長が止まっちまったかねぇ。タッパはともかく乳がなァ。せめてなんとか挟めるくらいにはよぉ、カァーッ運命のイタズラだぜ! つーか理想の世界ならお前もフィオナちゃんくらいのボインになってりゃ――」
「ぶち殺すわよ」
「幼女のナリで斧持って脅すなやホラーだぞオイ!! 他人の理想に配慮しろ!!」
氷の眼差しを向ける少女は薪割り用の斧をポイと投げ捨て、ヴァーンがホッと息をつく。
「レナちゃんが待っているわ。そろそろ行くわよ」
「あいよ」
立ち上がる二人。軽く服の汚れを払う。
ヴァーンはさっさと歩き出した。
「いいのね」
「あー?」
「これが最後よ」
「何が?」
「解っているでしょう」
ヴァーンが足を止める。
そのタイミングで、家の扉が開いた。
「にいちゃんなにやってんのさー! 早くメシ――うわっ!?」
出てきた次男が、ビックリしたように目を見開く。その声につられてか、他の弟妹たちや両親まで出てきてしまった。ヴァーンが小さく舌打ちをする。
呆然とした次男がつぶやく。
「にいちゃん? なんでヤリなんか持ってんの? どっかいくの?」
ヴァーンはくるりと家族の方に振り返り、歯を見せて笑った。
「おう。愛と希望の未来にな」
「へ? てゆかそのひと、だれ?」
「見りゃわかんだろ。乳なし色気なし愛嬌なしのツルペタ雪女アサシンだ」
幼くして強烈な殺気のこもった視線がヴァーンの背中にぐさぐさ刺さる。
ヴァーンはその視線を受けながら、家族に向けて言う。
「ま。オレはこいつと行かなきゃいけねーんだわ。もうお前らとは遊べねぇ。じゃあな」
その言葉を聞いて。
弟妹たちが、バタバタとヴァーンの下へ走ってきた。
「なんで?」「どこにいくの?」「どういうこと?」「おいていくの?」「おれとの修行は!?」「にーまた勝手なこと!」「こんどいっしょにいくって!」「……そっか」「にー!」「にいちゃん!」「お兄ちゃん!」「兄さん」
止まることなく次々に投げられる疑問と呼びかけに、ヴァーンはうつむき加減に一度大きく息を吸って、吐いた。
「――ルー。ジャス。レン。シオ」
その呼びかけに、弟妹たちが声を止める。
ヴァーンは、少しだけ言葉を溜めて言う。
「オレはよ、めちゃくちゃ強ぇ最強の男になるぜ。お前らが自慢出来るような、最高のな。勇者と一緒に旅してよ、地下深くの魔竜をぶっ飛ばして、魔王だって倒してやる。すげぇだろ? だから安心して待ってろ」
そして、一人ずつ頭をポンと叩いて雑に撫でた。
顔を上げる。父と母が見ていた。
「ワリぃな、お袋。親父も」
そう言うヴァーンに、両親は顔を見合わせてうなずく。
そして。
「今までありがとう。ヴァーン、あなたは自慢の息子よ」
「強くなれ。長男だからな」
二人の言葉に、ヴァーンは「おう」とだけ返した。
そして弟妹たちから離れると、待っていた少女と共に歩き出す。
「貴方にはもったいない可愛い子たちね」
「へぇへぇ。つーかお前、今いくつ? 既にオレの妹の方が胸あんじゃん。ルーは成長すりゃ絶対お前より美人になってたんだがなぁ。ちょっと触って確かめてみっかどれどれ」
手を伸ばした掛けたところでガンッと思いきり頭を殴られるヴァーン。少女とは思えぬ怒りの氷拳にヴァーンは頭を抱えて悶える。
「――兄さん!」
そこで、大人しい長女が大きな声で叫んだ。
振り返るヴァーン。
弟妹たちが、揃ってこちらを見ている。
長女が一歩踏み出して、震える唇を開く。
「いつかね、こういう日がくると思ってた。兄さんは、大きな世界に飛び出して、きっと、すごい人になるの。私たち、弟妹の夢」
それぞれの目から、涙が零れた。
「いってらっしゃい。兄さんはもう――ずっと、私たちの自慢だよ」
「そうだぜにーちゃん! ゼッタイ、ゼッタイ最強の男になれよなっ!」
「にーはちょっと乱暴だから、女の子には優しくね?」
「お兄ちゃん……がんばって! ぼくたち、応援してるから!」
弟が、妹が、両親が手を振り見送る。
ヴァーンは、何も言わずにニッと笑って手を挙げ、応えた。
再び歩き出す。
そこでヴァーンの背が急激に伸び、筋肉質な体を取り戻す。下りていた髪をかき上げれば、いつもの視界が戻ってくる。隣の旅仲間も、いつの間にか大人の姿に戻っていた。
川の方に、レナの姿が見える。こちらを見つけると、急いで急いでとばかりに手招きをした。
二人は駆け出す。
「明日なんだよなァ」
「え?」
「あいつらに会えなくなるのが」
エステルがハッとする。
ヴァーンは、二度と振り返らない。
「――良かったぜ。お前らのにーちゃんでな」
そうつぶやいた彼の横顔を見て、エステルは微笑した。
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