♯345 救世主レナちゃん


◇◆◇◆◇◆◇


 ヴァーンとエステルがレナに指示され川に飛び込むと、水の底へ吸い込まれるような力が働き、その暗闇の先でまた別の世界に到着した。


 気付けば硬い土の上に尻餅をついていたヴァーンが軽く手を挙げる。


「よぉクレス。フィオナちゃんたちも、待たせたな」

「ああ」

「よかったぁ……ヴァーンさんもご無事で! エステルさんも、お疲れ様でした」


 うなずくクレスと手を合わせて安堵するフィオナ。ヴァーンの隣でエステルが小さなため息と共に髪を払う。


「んで? ここはどこなんだよレナのガキンチョ」

「レナがしってるわけないじゃん……」


 キョロキョロと周囲を見渡しながらつぶやくヴァーンに、レナがだいぶ疲れた声で返す。そんなレナを気遣うようにフィオナが身を寄せた。


「レナちゃん、本当にありがとう。疲れちゃったよね? 休んでいていいからね」

「ん。ホントつかれたよ。心配になったからひとりで追いかけてきて、フィオナママたちを探して、ついてったらなんかアブナイことになったから隠れてさ。そしたらみんな急に寝ちゃって、ひっしでママたちの夢に入ったんだよ。やっぱヤバかったんじゃん。もっとほめてよ」

「わ~んありがとうレナちゃん! レナちゃんが来てくれてなかったら、きっとわたしたち……うう、心配して追いかけてきてくれたなんて良い子だね! レナちゃんはやっぱりすごいねっ。フィオナママの自慢だよ。もう大好き~~~っ!」

「うわぁ。もう、すぐスキンシップで愛情表現する……」


 しゃがみ込んでレナに頬ずりを始めたフィオナ。レナは呆れた様子ではあるが、嫌がることはなくその愛情表現を受け入れた。


「でもでもレナちゃん、ついてきてくれてたなら、もっと早く出てきてくれたらよかったのに」

「レナだってそうしたかったけど、出にくかったんだもん」

「え?」


 ぼそっとつぶやいたレナに、フィオナが目を点にする。



 ――レナは思い返していた。

クレスとフィオナを見送って数日。いつになったら帰ってくるのか。本当に帰ってくるのか。また何か大変なもめ事にでも巻き込まれてはいないか。


 どうしても二人が気になるレナは、二人が読んでいたあの怪しい手紙を広げた。何か手がかりが残っていないかと。

 すると手紙に残っていたわずかな魔力が解放され、レナはクレスたちと同じように転送されてしまった。


 光の国。煌びやかでどこか妖しげな世界。

 レナは驚いたものの、これをチャンスと捉えた。早速クレスとフィオナを捜して街を歩いたが、なかなか見つからない。休憩場所を探しているとレストランがなぜか無料だったため、そこで一息を付く。飲食には困らなかったが徐々に不安になってきた。


 そんなとき、レナの持つ指輪の宝石がわずかに光った。

 かつてクレスたちと海に行ったとき、魔族コロネットからゲームの賞品として貰った指輪。コロネットはこれをフリーパスと呼び、声を掛ければ迎えに行くと言っていた。お守り代わりに持っていることの多かったレナは、一応指輪に声を掛けてみたが、反応はない。レナは知るよしもなかったが、ニーナの結界内で外界に通じる手段はなかった。

 しかしレナは別のことに気付く。

 指輪から感じるのは、フィオナの魔力。

 ひょっとしたら、この場所にフィオナもいたのではないか? そしてコロネットの指輪はそれを感知しているのではないか。


 ダメで元々。レナは指輪の光を頼りに二人を捜した。

 光が強く反応していく方角に進むと、やがて一軒の大きな家を見つけた。

 二人がここにいるかはわからない。そもそも誰の家かも知らない。レナはひとまず夢魔の力で身体を透明化し、プール付きの広い庭から中に入ってみた。

 そして、とうとう家の中に二人の姿を見つけた。

 レナは喜び、そちらへ向かおうとしたのだが……。



 ――と、そこで回想を止めるレナ。


「……まぁ、その、ね。ちょっと、見ちゃったっていうか。見ちゃ、いけなかったかなっていうか」

「え…………? レ、レナ、ちゃん……?」

「よくわかんないけど、ああいうのが、オトナなんだね」


 なぜか目をそらし、なぜかじんわりと赤くなっていくレナの頬。

 しばらくは要領を得ない様子のフィオナであったが、何か思い当たることがあったのか、固まった状態でレナ以上にぐんぐんと紅潮していった。そして泣きそうなくらい目を潤ませてぷるぷると震える。クレスは意味がわからないようで呆然としていたが、ヴァーンが腹を抱えて笑いだし、エステルは少し居心地悪そうに目を伏せる。


「ハッハッハ! まぁよくやったぜガキンチョ! 今回はオレ様が褒めてやるよ、救世主レナちゃんや!」

「おじさんにほめられても……」

「そこは素直に喜べやァ!」


 そんな気の抜けたやりとりは皆の心を和ませ、ホッと落ち着けてくれた。

 実際のところ、まだ魔力の扱いが未熟なレナにとって夢魔の能力を使うことは危険かつ大変な労力を伴うものであり、そんな彼女がたった一人でクレスたちを救ったことはこれ以上のない働きであり、最大の功労者かつ救世主と言っても過言ではなかった。


「さて。それはともかくとして、ここはどこなんだろうか……」


 クレスが話を切り替え、皆が辺りに目を向ける。

 皆が合流したこの場所は、荒野のような場所だった。

 やはり夜の世界であり、空には大きな丸い月が浮かんでいる。しかしここが元の世界ではないだろうことは、独特な“空気感”により実感出来た。星の配置なども異なっているし、遠くの山々にはクレスたちの誰もが見覚えがない。


 エステルが腕を組みながら言う。


「おそらくは、まだあの魔族の結界内世界でしょう。そうですよね、エリシア様」

「様はやめてよ~」


 エステルの視線を受けて、今まで静かにクレスたちを見守っていた剣士――長髪を一つに結んだその女性が気恥ずかしそうに手を振る。


 それから彼女――エリシアは月を眺めながら返答する。


「あなたの言う通り。ここはあの子の結界の中だよ。みんなが今までいたのは、結界内に作られたそれぞれの小部屋ってところかな。鍵なんてないはずの部屋に入ってみんなを連れてくるなんて、君はすごいね」


 エリシアがレナの頭を撫でると、レナは少しくすぐったそうな顔をした。

 続けてエリシアが話す。


「だけど実のところ、何も解決してはいないんだよね。あの子の結界を破るためには、あの子に触れて魔術の“縛り”を破らなきゃいけない。でもそれが出来ないからあの子は強いし、ラビ族の結界術は魔族の中でも最強と呼ばれてるんだけどね。やー失敗失敗。本当はボクがラビちゃんの耳を掴んだ時点で終わるはずだったんだけどなぁ。まさかあんなに早く耳飾りの効果が消えちゃうなんて、エリシアさんびっくらしましたよ」


 軽く肩をすくめる彼女の、その表情に危機感はない。

 クレスが声を掛ける。


「……なぜ、そんなことまで知っているんですか? あのニーナという魔族とはどういう関係なんでしょう? どうして聖剣を持っているんです? 貴女は一体――何者なんだ」


 それはきっと、フィオナやヴァーン、エステルたちも皆が訊きたいだろうことだった。


 一同の視線を受けて――エリシアは観念したように小さく微笑む。

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