♯339 《運を愛し運に愛された少女》


「これが最後のゲームになります! ルールはカンタンっ。制限時間内にニーナに追いついて、タッチ出来たらクリア~! 要は追いかけっこですねっ」


 ニーナは自分の胸元にポンポンと片手を当て、さらに片手で旗を振る。


「このフラッグを目印についてきてくださいね! ただしぃ、運がイイ人しかゴールにはたどり着けませーん! それからエリシア様は参加禁止です!」

「えー」

「えーじゃないのっ! エリシア様が出たら台ナシじゃん! 助言も禁止! そこで観戦してなさい! ここはあたしの世界なんだから従ってもらいますよ!」

「わかってるよラビちゃん。ということだからみんなゴメンね。あとは任せた」


 また手を合わせて謝るエリシア。クレスたちはどうやらもう彼女の力を借りることは出来なくなったようだった。


 ニーナがそわそわと身を震わせる。


「あ~ん! ドキドキしちゃいますねぇ! それでは準備はいいですか~?」


 そこでようやくヴァーンが動いた。


「ああ~ん? アドベンチャーワールド? 追いかけっこだぁ? オイコラデカ乳バニー。ふざけんのもそろそろいい加減にしろや!」

「やんこわぁーい!」


 槍を担いだまま凄みを効かせて詰め寄るヴァーンに、ニーナが旗を握ったまま身を縮こまらせる。そしてすぐにニパッと笑った。


「てゆーかそっちこそいい加減わかってくれませんかねー? 皆サンはニーナに付き合って遊ぶしかないんです! 運が良ければなんとかなりますし、ここは楽しんだ方がいいんじゃないかなぁ? ほら、エッチなおにーさんも昔よく遊びましたよね?」

「あ?」

「あれ~忘れちゃったんですか? だってここ、おにーさんの記憶の中から創った場所ですよ? 弟さんと妹さんと毎日追いかけっこして、槍の訓練だってよくしていたじゃないですかぁ」

「…………」


 昔を懐かしむようなニーナの言葉に、ヴァーンの顔色が変わる。クレスたちも同様に驚愕の表情を浮かべた。


 ニーナの屈託のない笑みが、ヴァーンの瞳に大きく映った。


「童心に返って遊んだら、きっと楽しいですよ♪ 現実世界のこの場所はもう全部燃え尽きてなーんにもないみたいですけど、ほら、もしかしたらおにーさんのご家族も喜ぶかも! みんな死んじゃってますけどね。あはははっ!」


 純粋に笑い、邪気もなく、ただ楽しそうにからかうニーナの態度に。

 ヴァーンは、何も言わなかった。

 彼の背中を見てエステルが動きかけたが、すぐに足を止める。彼に、近づくことは出来なかった。


 ヴァーンの髪が逆立ち、その腕の筋肉が盛り上がる。強く握られた黒き槍が深く濃い紅へと染まっていく。


 大地を揺るがす深淵の古竜――“アビスドラゴン”の息吹を練り上げて創られた爆槍が、雄叫びを上げるようにその切っ先から激しく燃える。


「なぁバニーちゃんよ。オレはな、お前みたいにエロくて乳のデカい女がなにより好きだぜ」

「わぁ、それって告白ですか? 嬉しいけどどうしよっかなぁ? ニーナより運のイイ人だったらお付き合い考えちゃうんだけどなぁ」

「だがよ、それより優先されるもんがあんだ」

「え?」

「お前は俺のルールを逸脱した。じゃあな」


 ヴァーンはクレスたちの目でも追えないほどのスピードで踏み込み、その腕を伸ばして、超高速の一突きを放つ。


「ヴァーンッ!」

「ヴァーンさんっ!」


クレスとフィオナが同時に叫び、彼の槍がニーナの身体に触れようとした瞬間――膨大な熱量を放出して爆発が起こる。その爆風にクレスたちは顔を覆った。


 煙が晴れたとき、しかしニーナは無傷だった。


「あらまぁ! 面白い武器ですねぇニーナびっくり!」


 目をパチパチさせるニーナの眼前にヴァーンの槍が突きつけられたまま、槍はそれ以上彼女の身体を侵蝕出来ない。見えない薄壁にでも守られているように、ヴァーンの攻撃は彼女に届くことはなかった。


「……チッ! クソがああああああああああああああ!」


 それでもさらに力を込め、怒濤の連撃でニーナを狙うヴァーン。そのたびに何度も爆発が起き、激しい音と衝撃にクレスたちも近づくことが出来ない。


「……あの馬鹿……!」


 そんな中で唯一ヴァーンに近づこうとしたエステルの肩を、長身の女性がそっと止めた。振り向いたエステルにパチンと愛らしいウィンクをして、その女性は爆発の中へ進んでいく。


 そして、背後からヴァーンの右腕を掴んだ。


 ヴァーンがバッと振り返る。


 平然とした様子の女性――エリシアは静かな声でささやく。


「それ以上はやめよう。君自身のダメージが大きすぎるよ」

「……アンタ!」

「《運を愛し運に愛された少女ナチュラルハッピーフィーバー》。ラビちゃんの能力だよ。あの子には強大な宿運の加護があるから同等以上の“運”を用いない攻撃は意味がないんだ。たとえ勇者や魔王の一撃でもね。それに――」


 エリシアは、黒く焦げていたヴァーンの手にそっと触れる。


「君が傷つくことを、君の大切な人たちは望まないよね? ボクとしては、可愛い子が無茶するのは嫌いじゃないけどさ」


 そう言って微笑む彼女にヴァーンは言葉を失い、また軽く舌打ちをして、その焦げ付いた手を引き、攻撃を止めた。エステルが少し安堵したように息を吐き、クレスとフィオナ、アインとエイルからも緊張の面持ちが消える。


 ヴァーンが槍を担ぎ直して言う。


「へっ。もう少しでその生意気な乳が拝んでやれたのによ」


 その言葉で、ニーナは自分の胸元を見下ろす。


「……!」


 驚きに目を見張るニーナ。

 傷一つ追っていない彼女の、そのバニー服が胸元で一部焦げ付き燃え落ちて、白い肌が露わになっていた。


「やってやるよ。お前と追いかけっこすりゃいいんだろ? さっさと始めようぜバニーちゃん。だが――オレ様にタッチされるときは覚悟しときな!」


 燃えるようなヴァーンの瞳を見て。


 ニーナの目は、輝いた。


 彼女はフラッグを握りしめ、笑う。


「……んふっ、ふふふ! うんうん! イイですねイイですね! こんな運のイイ人たち初めてです! さぁ始めましょう! 初めてのクリア者が出ることを心から楽しみにしてますよ!」

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