♯338 ニーナのアドベンチャーワールド

 輝くクレスの聖剣と風を纏うアインの魔剣、黒く唸るヴァーンの爆槍がほぼ同じタイミングで各方向からニーナを襲い――全員が同時に大きく弾かれて倒れた。


 さらにフィオナの炎熱系魔術とエステルの氷結系魔術が融合し一つの強力な魔術となってニーナへ向かったが、彼女に触れようとした瞬間に空気中へ霧散した。


 たった一瞬の攻防。ニーナはまったく動くこともなく無傷のままだ。

 そして「あはー♪」と微笑んで言う。


「ね~? ムリだったでしょ?」


 当然とばかりな彼女の反応に、ヴァーンが苛立ちの声で槍を地面に突き立てる。


「クソが! ありえんだろなにしやがったテメェ!!」

「あははっ、なぁんにもしてないよぉ♪ ニーナより運がイイ人がい・な・い・だ・け♪ ニーナと遊んでくれないならぁ、ここで一人ずつこの街でナニやってたか事細かに話しちゃおっかなぁ~?」


 そして、ニーナのいやらしい視線がクレスたちを順番に見やっていく。それぞれが少しだけうろたえた。


「そっちのカップルさんはナニもしてないしぃ、エッチなおにーさんは話してもダメージなさそうだしぃ、氷のおねーさんもいじりがいがあってイイけど……やっぱりまずは、世界を救った勇者さまとそのお嫁さんの夜から――」


 と、ニーナが調子良くそこまで言ったところで。



「ラビちゃん捕まえた」



 ニーナのウサ耳が、背後からぎゅっと両手で掴まれる。


 いきなりのことに全員が唖然とした。


「…………え?」


 それはニーナも同様であり、彼女は初めて心から驚いたような愕然とした表情でゆっくりと後ろを見る。


 そこに、あのフード付きの外套を纏った人物が立っていた。


「あーよかった捕まえられた。君の尻尾のアクセサリー着けてたおかげかな」

「……え? あ、あなたは……」

「ん? あーごめんごめん。被ったままじゃわかんないか。ほい」


 片手でバッとフードを外し、中に収まっていた長い髪を払う女性。その耳元で、兎の尻尾のようなモチーフをした小さなイヤリングが揺れる。


 その顔を見た刹那、ニーナの目がギョッと開かれた。


「う、うえええええ!? エリシアさまぁ~~~~!?」

「はい正解。あなたのおそばにエリシアさんです」

「な、な、な、なんでエリシア様がここにいるんです~~~~!?」

「メルの代わりにお仕事中。ラビちゃんにバレないように潜入して近づくのなかなか大変だったよ。でもやっぱりこれ着けてれば触れるんだね。よかったよかった」

「そんなそんなぁ!? なんで!? 魔王様にだってニーナの結界バレてなかったのに~!?」

「もちろんボクにもわからなかったよ。クレスくんに呼んでもらえただけ。まぁそれはともかく、『光祭』も近いし遊びの時間はおしまいにしようよ。ラビちゃんがまだ遊び足りないなら、ボクが一緒に遊んであげよっか? 何する? おままごと? お医者さんごっこがいいかなぁ?」


 ニコニコ顔の女性――エリシアの笑みに、ニーナが急にタラタラと汗を掻き出す。


 クレスたち全員、何が起こっているのかよくわからずに呆然と事を眺めていたが、ニーナがエリシアという名の女性に困惑していることだけは確かだった。


 エステルが驚いた顔でつぶやく。


「……『エリシア』? いえ、でも…………まさか……」

「あの……エステルさん? あの方のこと、知っているんですか?」


 フィオナの問いに、クレスたちもエステルの返答を待つ。アインやエイルも顔を見合わせてこちらの話を聞いていた。


 エステルは腕を組み、呼吸を落ち着かせて話す。


「以前、海で『リィリィ』という名前のメイドさんに会ったことは覚えているかしら」


 そのつぶやきで、フィオナが「あ――」と声を漏らす。

 エステルはうなずく。


「『リィリィ・プリスティア』という魔術師が三十年前に存在したことは事実。そしてその頃、歴代最強と呼ばれていたのが勇者『エリシア・ヴィヴィルベル』。二人とも、魔王討伐の旅の果てにどうなったのかは知られていない……」

「エステルさん……それじゃあ、あの人は、や、やっぱり……!」


 フィオナたちの視線の先で――『エリシア』という名の女性はニーナの耳を掴んだままこちらに気づき、そして綺麗なウィンクをした。


「ボクに訊きたいことがありそうだけど、それはまた後でね。今はラビちゃんに能力を解除してもらわないと――」


 エリシアはニーナの胸元に手を伸ばすが――そこでニーナの目が朱く激しく光り、エリシアが一瞬だけ目をつむる。


 その隙にニーナは素早くエリシアの手から逃れ、ぴょんぴょんと跳んで距離を取った。エリシアはいつの間にか手中からウサ耳がすっぽ抜けていたこと――そして耳元のイヤリングが砕け散ったことを知って「ありゃ」と声を漏らす。


「しまった逃げられちゃった。これはもうボクじゃ捕まえられないかも」


 先ほどとは一転、長い耳を立てて身を低くし、警戒体勢を取ったニーナが言う。


「むうう! エリシア様が来てるなんて反則ぅ! でもでも、いくらエリシア様でもニーナの結界の中じゃ好き放題出来ないですからねー! エリシア様とは遊んであーげないっ!」


 ニーナがパンッと手を叩くと、エリシアの「あっ」という声と共に世界から光が消える。パーティー会場がコロシアムに変化したときと同じような状況だった。


 そして再び世界に明かりが戻ったとき、そこは煌びやかな会場でもなく、無機質なコロシアムでもなく、自然溢れる広大な地上だった。


 クレスたちは全員で周囲を見渡す。


「こ、今度はどこだ? 覚えのない場所だが……」

「ここも、やっぱりニーナさんの創った世界、ということでしょうか?」

「これは……なにかのコース、かしら……」


 最後のエステルの発言で、皆がそちらを見やる。

 目の前には草原。それを超えた先には森。遠くの方には湖らしきものも見える。どこかの長閑な田舎の町外れといった景観。そしてそれらを繋ぐ“道”を示すような一定の幅の光の囲いがされており、まるでこの中を通れと言わんばかりのコースになっていた。


「あーあ、引っ張ってこられちゃった。みんなゴメンね。ボクのせいだ」

「いや、あなたのせいでは」

「そ、そうですよっ。わたしたちじゃ触ることも出来なかったですし……そ、それにあの、あなたは…………本当に…………?」


 手を合わせて謝罪するエリシアを励ますクレスとフィオナ。エリシアは「ありがとね」と穏やかな顔で微笑むが、フィオナの疑問に答えはしなかった。


「……貴方、どうかしたの?」


 そこでエステルが声を掛けたのは、終始黙り込んでいた隣のヴァーン。


「ん? なんでもねぇよ。ふざけてやがんなと思ってるだけだ」


 すぐにそう返したヴァーンだが、エステルはそんな彼の表情や態度にわずかな疑問を覚えたようだった。


 アインとエイルもまた当惑する。


「ずいぶん穏やかな場所だな。まるで騎士の馬術訓練場のようだが……」

「そんな楽しいものならいいでしょうけれど……さて、どういうつもりかしらウサギちゃん?」


 そんな二人の視線の先を、クレスたちも追う。

 いつの間にかその両手に大きな旗を掲げていたニーナが、コースのスタート地点らしき印が付いた場所でこちらにその旗を振る。旗にはラビコインと同じウサギの印が描かれていた。


「あはっ! ようこそニーナのアドベンチャーワールドへ~!」


 その言葉に、全員がまた呆然とした。

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