第十二章 花婿の決着編
♯312 光の季節
聖都の日暮れがさらに早まり、空気は冷たく乾燥して、街の人々は重たいコートを着ることが増えた。『エルンストン』など北の国々に比べれば大したものではないが、それでもそちらの山脈を越えて吹き下ろす北風は大陸内部にも影響し、この辺りの気温もぐっと下げる。だがそんな中でも人々は明るく、特に子どもたちは活発的だ。それには大きな理由があった。
街が一段と煌びやかになる、『
始まりの聖女ミレーニアの生誕と偉業を祝す祝日。その年の終わりの催し。
それは家族が揃って過ごす団らんの日であり、恋人たちの愛の日であり、子どもたちにとっては両親からプレゼントが貰える楽しい日である。街は日に日に彩りと賑やかさを増して、聖歌隊の練習をする可愛らしい衣装の子どもたちを多く見られるようになった。
そんな時節に、クレスとフィオナは森のスイーツ店――『パフィ・ププラン』の正式オープンに向けてせっせと動き続けていた。しかし、その準備はなかなかに大変なものがあった。
以前のフードフェスタやプレオープンの時のように、一時的な販売営業が行えればいいわけではない。毎日魅力的な商品を作り続け、提供し続けなくてはならない。そのためには、材料の仕入れ、人付き合い、資金の運用、労働力、すべてに継続的なプランが必要となる。それはほとんど素人の二人だけで実行するには難しいことであったし、やはり各方面からの協力が必須だった。以前のように、既に店舗を持っているセリーヌや街の飲食店、商工会の者たちに助けてもらいつつ、二人は大変ながらも楽しく忙しい毎日を送った。アカデミーの授業で忙しいレナも、いつものように手伝ってくれたのである。
――その結果。『光祭』が始まるギリギリの時期まで時間がかかってしまったが、なんとかオープンに向けての準備が整ったのだ。
「これで一段落か……。あとは、いつ始めるかだね」
「そうですね。今日まで本当にお疲れ様でした、クレスさん」
「フィオナの方こそ」
ある日の夕方。二人は森の家でティータイムを楽しんでいた。レナがアカデミー終わりに遊びにきたら、家族でちょっとした慰労会のようなものを催す予定である。そのために、既にテーブルにはフィオナ手作りの特製ケーキ――『ルチア・ドルチェ』も用意していた。聖樹の形を模した、この季節ならではのスイーツである。
「『光祭』も来週か。時間が経つのは早いものだな……」
「ふふっ。毎日忙しかったから、あっという間でしたね。このケーキも、上手く出来たらお店で販売を……なんて考えてもいたのですが、ちょっと間に合わなさそうです」
「力作だね、他の店にも負けていないよ。さすがフィオナ。これならレナも喜んでくれそうだ」
「ありがとうございます♪ あとは、これをしっかり完成させなきゃです。おば様に教えてもらっているんですが、なかなか難しくて」
「ああ、レナへのプレゼントだね。フィオナは本当に器用だな」
「ふふっ、やってみると集中出来て楽しいんですよ。クレスさんの分ももう少しですから、楽しみにしていてくださいね♪」
「ありがとう」
今日は髪を二つに結っているフィオナの手元にあるのは、編みかけの小さな帽子とマフラー。レナのために秘密で用意している、薄桃色の可愛らしい糸を使ったものだ。そしてもう一つが、クレスのためのセーター。こちらも完成間近で、情熱的な赤い糸はクレスの金髪によく栄えた。二つの贈り物を愛おしそうに見つめるフィオナは、とても優しい顔をしていた。
「昨年までは、おじ様おば様と慎ましやかに過ごしてきた家族の日でしたが……今年は、なんだかちょっと感じ方が違う気がします。クレスさんとレナちゃんと、三人でゆっくり『光祭』が過ごせるのがすごく楽しみです♪」
「俺も同じだよ。当日は教会に顔を出して、簡単な挨拶回りもしておこうか。ベルッチのご両親にも会いに行こう。皆には、本当にいろいろと助けてもらったからね」
「はいっ!」
暖かな装いに身を包む二人は、互いに肩を寄せ合い温もりを分け合う。それぞれの前にはお揃いのカップ。ただこうして寄り添っているだけの何でもない時間が、二人には至福の時だった。
そんなとき、二人の家にコンコンと控えめなノック音が響く。
フィオナが慌てて立ち上がり、編み物をしまいにいく。
「び、びっくりしましたっ。レナちゃん……は、まだ早いでしょうから、郵便でしょうか。出てきますね」
そうしてフィオナが対応したのは、予想通りに配達人であった。顔なじみの彼女から配達物を受け取ったフィオナが戻ってくる。
「やっぱりお手紙でした。二通ありますね。えっと……あっ、一つはルルさんからです!」
「ルルロッテ皇女から?」
二人はソファの方に移動し、そちらで丁寧に封蝋された包みから便せんを取り出す。二人で顔を近づけながら中身を読んだ。
「わぁ……クレスさんクレスさんっ! 今年の『光祭』にルルさんがいらっしゃるそうです! エルンストンからの『歌劇団』として!」
「そのようだね。しかし、あちらも『光祭』で忙しそうだが……」
「ふふふっ。エルンストンは年中『光祭』みたいなものなので、こちらを優先してくれたそうですよ。えっと、『本当は当日までの秘密でしたが、黙っていられずついつい筆を執ってしまいました。良い歌劇を披露出来るよう、現在も特訓を続けております。当日は、是非ご覧になっていただければ幸いです――』だそうです。すごいですね!」
「そうか……彼女も頑張っているんだね。当日は観に行こうか」
「はい! あ、それからエステルさんとヴァーンさんもルルさんの護衛として一緒に帰ってくるそうです。わぁ、久しぶりに会えますねっ」
「ああ、二人も戻ってくるのか。ヴァーンがいないと剣の訓練が満足に出来ず、身体が鈍ったな」
「ふふっ。わたしも、久しぶりにエステルさんとお話したいです。本当は、今のエルンストンにも行ってみたいのですが……ともかく、ますます『光祭』が楽しみになりましたね!」
「そうだね。本当に楽しくなりそうだ。それに――」
そこで、クレスがフィオナの肩を抱き寄せた。
「この季節。俺は、今まで街の灯りを眺めているだけだった。自分とはどこか違う世界のように思っていたが……君がここまで連れてきてくれた」
「ふぇ……クレスさん……」
「君が一緒だと、毎日が輝く。君がいてくれるだけで、世界がすごく綺麗に見える。俺が感じている幸せは、すべて君が運んできてくれた。ありがとうフィオナ。愛する人と一緒に光の日を迎えられることが、俺は嬉しい」
「クレス、さん……」
心からの笑みを浮かべるクレスに、フィオナはポーッと見惚れていた。
「……それは、わたしも同じ、ですよ……♪」
今度はフィオナが微笑みを返し、クレスの方が彼女に見惚れた。
そして、二人の唇は自然に近づく――。
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