♯313 レナ、気を遣う

 二人はそっと身を離すと、フィオナがほんのり赤らんだ頬でつぶやいた。


「……あ、あのう、クレス、さん」

「うん?」

「知っていますか? 『光祭ルチア』は、家族の日ですけれど、恋人同士の日でもあって……」

「ああ、知っているよ。家族の繁栄と、愛を祈る日だ。ヴァーンも、『光祭』の夜にはとびきりの女性と過ごすのが最高だとよく言っていたな」

「そ、そうなんですね。それで……その、ですね。い、言い伝えも、ありまして」

「言い伝え?」


 キョトンと呆けるクレス。

 フィオナは、なぜだか気恥ずかしそうに目をそらす。下を向きながら、カーディガンの袖に手を隠してそわそわしている。


「は、はい。えっと……『光祭』の日は、ミレーニア様がみんなを見守ってくれていて……その夜に祝福を受けて宿った子どもは、ずっと、健やかに育つと……」

「ん、ああ。聞いたことがあるな。そのために、この日を選んで子作りに励む夫婦も多いらしいと。ヴァーンは『ヤりたいときにヤりゃいいんだよ!』と笑っていたが、子どもの健康を祈る親の愛は尊いものだと思う。素敵な言い伝えだね」


 そう答えるクレスの手に、フィオナがそっと触れた。


 フィオナは、ゆっくりとクレスを見上げる。

 艶のある唇が開いた。



「……わたしも、そう、思います……」



 クレスの心臓が大きく跳ねた。

 それくらいに、衝撃を受けた。

 上目遣いにじっと見つめる、フィオナの潤んだ瞳。火照った頬。彼女の熱や鼓動が、手を通してクレスにも伝わってくる。同時にクレスは、フィオナの強い決意のようなものを感じていた。


 だから、続けてこう話した。


「ごめん、フィオナ」

「……え?」


 なぜ謝るのか。フィオナが少しシュンとしたとき、クレスはさらに続けた。


「こういった誘いを女性にさせるのは、あまり良くはないのかと思った。ヴァーンにも、もしお前にそういう相手が出来たら自分から誘えと言われていたのに。俺は、まだまだ精進が足りないな」

「ク、クレスさん……」


 フィオナの銀髪を梳かすように撫でるクレス。

 それから彼は、両手でガッとフィオナの肩を掴んだ。


 二人の目が合う。


「わかったよ。君の決意に俺も応えたい。『光祭』の夜はレナが眠ってから……一緒に頑張ろうッ!」


 熱い想いがこもった直球の返事に、フィオナは一瞬だけ驚いたものの、すぐに表情を明るくする。


「ん? な、何か変だっただろうか。ごめんフィオナ。恥ずかしい思いをさせたね」

「ふふ、うふふふっ♪ いいんです。これくらい、お嫁さんなら当然ですっ! お返事、すごく嬉しかったです。そ、それに……」


 と、フィオナはまたちょっと気恥ずかしそうに小声でつぶやく。


「……クレスさんとなら、恥ずかしい思いも、いっぱい、したいので……」


 一拍を置いて。

 クレスはぎゅっとフィオナを抱きしめ、フィオナは彼を抱き留めながら優しく頭を撫でた。


 そのとき――テーブルの上のケーキが宙に浮いた。


 クレスとフィオナが揃って気付き、抱き合ったまま目を点にする。

 勝手に浮いたケーキはぴたっと止まり、静かにテーブルの上に戻る。まるで、誰かが二人の視線に気づいてつまみ食いを止めたかのように。


 二人は顔を見合わせる。

 それから、フィオナの顔が見る見るうちに赤くなっていった。


「…………レ、レナ、ちゃん?」


 フィオナが呼びかけてみる。

 すると、椅子が動揺したかのように一瞬だけガタッと動く。そして、突然スゥっとレナの姿が現れた。どうやら『夢魔』の魔術で姿を消していたようである。


 レナは無表情で言う。


「バレちゃった」

「レナ……!? いつの間に……!」

「レ、レ、レナ、ちゃんっ! い、いつから……!?」

「レナが寝たあとでいっしょにがんばろうのあたりから」

「いちばん聞かれたくなかったところだよー!? も、もうっ! こういうことに魔術を使ったらダメです~~~!」


 制服姿のレナは帽子を取って椅子に掛け、とことこ歩いてこっちに来る。


「ごめんなさい。レナがいたらジャマかとおもって。ねぇねぇ、それより『光祭』の夜にレナが寝たらなにするの? やっぱりえっちなことするの? レナも見てていい? 見てていいって前言ったもんね」

「え? え、ええっ!?」

「あ、プレゼントは気にしなくていいよ。レナ、そんなに子どもじゃないし。今はね、それよりキョーミあることあるから」

「レナちゃ、えっ、プレゼント、あの、興味って……えっ!?」

「クレス、がんばってフィオナをホントのママにしてね」

「え? あ、ああ。善処する!」

「ん。このケーキおいしそう。ねぇ、おなか空いたからはやく食べようよ」


 レナの純粋な期待に応えようとする純粋な男クレス。

 一方、フィオナは手で顔を隠しながら耳まで赤くなって悶えていた……。

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