♯309 モンスタークレーマー語る

 ――その後。

 魔王メルティルは、『パフィ・ププラン』が十個ほど乗ったテーブルの皿を見つめながら無言で腕組みをして座っていた。その足先がパタパタとせっかちに床を叩く。謎の緊張感にクレスとレナがソファーの方から静かに見守る。


 ハニーミルクティーを用意したフィオナが、カップをテーブルに置いた。温かな湯気がのぼる。


「ごめんなさい、メルティルさん。しばらく店を空けていたので、冷晶庫に保管していた十個しか用意がなくて……。あ、もう解凍はいいかな。半解凍でもアイスのように楽しめますから、良かったらどうぞ」

「――よしッ!」


 ゴーサインを受け取ったメルティルは両手で『パフィ・ププラン』をがっと掴み、がつがつもぐもぐとすごい勢いで食べ進めていく。クレスとレナは呆然と見つめ、フィオナは少しおかしそうに笑った。


 小さな魔王はあっという間に皿の上のすべてを空にして、手にした最後の一つを頬張ろうとした――ところでぴたっと動きを止めた。


「……レナのクッキー……レナのクッキー……」


 魔王のすぐそばで、テーブルから目元だけを出したレナがぶつぶつ言いながらうらめしそうにジト目を向けていた。クレスとフィオナがちょっぴり慌てる。

横目でレナを見やった魔王は『パフィ・ププラン』の方に視線を戻し、しばらく無言で何やら思考してから、やがてそれを二つに割った。解凍の済んだカスタードクリームがとろりと顔を覗かせる。

 魔王はその片方をレナに差し出す。


「喰え」

「半分だけ?」

「文句があるならやらん」

「しかたないなぁ。じゃあ半分だけでもいいよ」


 両手で受け取ったレナは、魔王の隣に座って『パフィ・ププラン』を一口囓る。シャリっとしたクリームの冷たさにレナは少し反応した。


「まだはんぶんアイスじゃん……ていうか、あなたってほんとに魔王なの?」

「知らん。さっさと喰え」

「そんなあわてて食べるとのどつまるよ。おなかも冷えちゃうし」

「やかましい黙って喰え」

「ちっちゃいのにたいどだけはおっきいなぁ。でもおっぱいはレナの方がありそう」

「あ゛?」


 恐れ知らずなことを言いながら魔王と一緒に最後の『パフィ・ププラン』をもぐもぐと食べるレナ。魔王はイラッとした視線を向けてはいたものの、レナに対して何かをするようなことはない。なんだか不思議な関係のやりとりに、クレスとフィオナは呆然としていた。


 魔王は口元についたクリームの欠片を舐めとると――


「――ふんっ。まぁ、少々のシャリ感はあったが、これはこれで新たな趣がある。で、焼きたては?」

「ご、ごめんなさい。材料がないので今は作れなくて……。あの、お味はどうでしたか……?」

「チッ。満足に商品も用意出来ておらんではないか。そんな体たらくで店が出来ると思うな。猛省しろ。皮は生地の練りが甘い。風味もほぼ消えている。クリームの味にも甘さの“揺らぎ”がある。時間を置いた後の研究が足りん。こんなもの失格だ失格。さっさとメモをとれ!」

「ふぇっ!? は、はははいっ!」

「客の意見を柔軟に取り入れ常に進化させろ。現状に満足するな。スイーツの未来はその先にあるのだ」


 とかなんとか偉そうに語りつつ、ミルクティーを一気のみしてようやく落ち着く少女魔王。けぷっと可愛らしく喉が鳴った。フィオナは慌てて言われたとおりにメモをとる。


 これでようやく話が進む、というタイミングでクレスが話しかけた。


「――魔王メルティル。一体俺たちに何の用だ」

「ハ?」

「もしもフィオナやレナを危険に晒そうとするならば……」


 警戒の気配を見せるクレスに、魔王は何を言ってるこの阿呆は相変わらずだなみたいな呆れきった顔でながーいため息を吐いた。


 そこでフィオナがメモを止めて話を引き継ぐ。


「そ、それは大丈夫ですよクレスさん。それでメルティルさん。えっと、今日はわたしたちに何か用事があっていらっしゃったのでは……?」

「はっ。自惚れるな貴様らに用など永遠にない」

「えっ!? じゃ、じゃあもしかして……『パフィ・ププラン』を食べるためだけ、に?」

「客が店に来るのにそれ以外の理由があるのか考えろ阿呆め」

「そ、それはそうなんですけど、え、ええ~!」

「よかったねフィオナママ。なんかめんどうくさいしエラそうだけどイイお客さんじゃん。小さいお客さん、こんどはお店がちゃんと開いてるときに来てね。よろしくおねがいします」


 ぺこりと頭を下げるレナに、魔王は「ふんっ」とただ鼻息だけを鳴らした。

 この元魔王の少女が生粋のスイーツ好きであることはクレスとフィオナもよく知るところである。しかし、だからといって仮にも『魔王』と恐れられた者がたった一人で自分たちのスイーツを食べにだけくるものだろうかと、二人は呆気にとられるばかりだった。


 魔王は席を立ち上がって言う。


「もうこんなところに用はない」


 そのまま歩き出し、クレスとフィオナの隣を通り過ぎようとしたところで足を止め、こちらにチラッと視線を向ける。


「――わざわざくれてやった霊薬を他人のために使ったな。馬鹿め」


『!』

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