♯308 モンスタークレーマー来たる


◇◆◇◆◇◆◇



 城でのあれこれを済ませたクレスとフィオナは、朝食を頂いた後に城を出た。フィオナの身を案じて教会が森まで馬車を出そうとしてくれたが、二人はそれをありがたく断った。これまでのことを整理し、落ち着く時間を作るためにも、二人で朝の街を歩きたかったからだ。


 こうしてようやく久しぶりの帰路につく。

 城の前に出店しているいつものアイス屋が二人の顔を見かけると声を掛けてきてくれて、二人はそこで街の近況を伺うことが出来た。

 どこから情報が漏れたのか、病に伏せていた聖女ソフィアが復帰したという情報は今朝からもう街の人々にも伝わっているらしく、アイス屋の主人は安心して商売が出来るようになったのだと笑った。しかし残念なことにここ数日でアイスが全部買い占められており、今日は営業が出来ないとも教えてくれた。主人曰く、町中のスイーツを買い占めているスイーツハンターが現れたらしい。


 ともかく、こうして二人は街を歩きながら森へと向かう。

 道中、「聖女様、本当に病気だったんだな」「でも良くなってよかった!」「酒もようやく美味くなるな!」などなど、皆それぞれに安堵したりと、街は明るい雰囲気を取り戻している。それはクレスたちにとっても嬉しいことだった。


 そんな様子を横目にしつつ、二人は懐かしい森へと戻ってきた。


「……クレスさんっ」

「ああ。帰ってきたね」


 朝の木漏れ日が心地良く、森の綺麗な空気が二人をリラックスさせる。手を繋いでいろんなことを話しながら歩く道は、それだけで特別に幸せな道だった。


 そうして家が見えてきた――というところで、二人はまた懐かしい顔を見つける。


 まだ背丈の小さな彼女は、左右に結った髪とスカートを揺らしながらこちらへ走ってくる。


「クレス! フィオナママ!」


 二人の声が揃う。


「レナ!」「レナちゃん!」


 二人もまた彼女を迎えに走り、抱き合って再会を喜ぶ。


「迎えにきてくれたのか、レナ。アカデミーは?」

「休みだよ。よくわかんないけど、なんか朝にモニカ先生から急にそういうおしらせきたの」

「レナちゃぁん! わぁ~会いたかったよぉ~~~!」

「うわっ! ちょっ」


 抱きついたまま頬ずりして喜ぶを表現するフィオナに、レナはちょっぴり息苦しそうに返す。


「ううぅ……そ、それはレナもだけど……ってちがくて! ていうか、今まで、どこいってたの! 急にいなくなって、なんか、聖女さまとのごたごたにまきこまれて、お城に閉じこめられてるってリズリット先輩から聞いて、しんぱいしてたんだけど!」

「ごめんねレナちゃん。いろいろあって……後でちゃんと話すね。でも、心配してくれてたんだね。ありがとうね。えへへ、嬉しいなぁ。レナちゃん、大好きだよ~♪」

「もう! す、すぐそうやって……ああもういいから、あとでちゃんと話してよ! それより、こっちも、大変なのっ!」

「えっ?」


 レナはフィオナの抱擁から逃れ、ちょっぴり乱れた息を整えながら話す。


「アカデミーが休みになったから、二人の家を見にきたんだけど、ほら、そうじとかあるし。そしたら、なんかヘンな人が家の前にいて」

『変な人?』

「レナよりちょっと大きいくらいの女の人。なんかすっごいイライラしてて、二人が帰ってくるまで待つから家にいれろって。二人のしりあいみたいだからそうしたんだけど、お茶いれろとかエラそうにあれこれ指示してきて。レナ、メイドさんじゃないんだけど!」


 プリプリと怒り出すレナに、クレスとフィオナは目を点にする。


「それで、なんか二人がそろそろ戻ってくるからむかえにいけって。そしたらほんとに二人がいたから、ちょっとおどろいた。もしかして、占い師とか?」

「……フィオナ」

「は、はい……ひょっとして……?」


 顔を合わせる二人。

 レナが話すその人物の心当たりについて、二人は同じ想像をしていた。



 ――果たしてその想像は当たった。



「おっっっっっっそいわ!!」



 懐かしの我が家に帰ってきたクレスとフィオナを迎えた声は、荒々しい怒気に満ちていた。

 二人がけのソファーに寝転んでふんぞり返っているその人物は、香ばしいクッキーをバリバリと食べながらこちらにギロッと視線を向けてくる。レナが「あっ、レナのクッキー!」と声を上げた。


「わざわざ出向いてきてやった客を待たせ、夫婦で朝から乳繰り合いか。ふざけおって。さっさと店を開けろボケナス!」


 立ち上がったその人物は、乱暴な文句クレームを吐きながらドスドスと詰め寄ってくる。その幼い愛嬌を残した姿には似つかわしくないすさまじい剣幕とダダ漏れする暗黒魔力の渦に、クレスもフィオナも仰天した。


「や、やはりお前か……魔王メルティル!」

「メルティルさん!? ど、どうしてっ」


 やはり癖で身構えるクレスと、驚きから目をパッチリ開くフィオナ。おやつ用のクッキーを食べられて不満そうだったレナが「まおー?」とキョトン顔をした。


 フィオナが一歩前に出て客人と対峙する。


「お、落ち着いてくださいメルティルさん。えっと、あの、まずはなぜわたしたちの家に……? 今日はお一人……みたいですけど」

「たわけたことを抜かすな! お前の仕事は何だ? お前の役割は何だ。生きる意味は何だ!」

「ふわぁっ!? え、え? や、役割? 意味っ?」


 下から突き上げるようにフィオナの胸をぐいぐいと手で突っついてくる来客。そんないきなり聞かれても即答に困るような質問をされて当然フィオナは当惑したが、それには相手の方が即答した。


「ふんっ、馬鹿者め! 貴様が生きる意味などスイーツ作り以外になかろうが!」

「へっ?」

「貴様の存在価値などその程度のものだ。こんな脂肪をますます蓄えおって……くだらん問答はいい! いいから! さっさと! 店を開けろ!」

「はうっ!? あにょっ、ふえっ! む、胸を突っつくのはっ、掴むのも、や、やめてくださぉ~い!」

「離れろ魔王ッ! フィオナの乳房を乱暴に突いて揉みしだくな!」

「やかましいわぼげええええええええ!」

「ぐぁっ!?」


 小さな客人が手で雑に払うだけで風が吹き、クレスは後方に吹き飛ばされ、ドアを突き破って外に転がり倒れた。フィオナとレナが短い悲鳴を上げて目をぱちくりさせ、すぐにクレスの介抱へ向かう。


 暗黒のオーラを纏った客人は、壊れたドアを蹴飛ばして外に出てくる。


「わざわざ喰いに来てやった店がやっていない……こんな理不尽は許せん……! なぜ世の中は妾の思い通りにならん……? 早朝からやれ……いつでも焼きたてを提供しろ……ふぅぅ……これ以上妾を怒らせるな……。さっさと! 『パフィ・ププラン』を出せえええええええええええッ!」


 かつて恐怖の象徴であった魔王はクレーマーとなって哮り、きゅう~と腹を鳴かせた。

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