♯304 受け継いだもの
シャーレはミレーニアのぬいぐるみを撫でながら話す。
『無知なお前に教えましょう。この神域は、私がミレーニアのために創った楽園。ミレーニアの魂を保護し、此処で永遠の時を過ごすはずだった。……でも、あの子はそれを拒否した。それは、人としての生を終えるため。自分の魂を少しでも子供へと残すため。この神域に魂が溶けゆくのは、ミレーニアがそれを望んだからよ』
「……ミレーニア様が、望んだ……」
『聖女とは、大いなる星の愛をその身に宿す魔女。それは代償に命を要する。受け継がれし力は、当然子孫たちの寿命も縮めていく。それを心苦しく思ったあの子は、せめて自分の寿命を少しでも後継に残そうとした。子供が、自分よりも長生き出来るように。孫が、さらに時を過ごせるように。そしてミレーニアの尊き想いを受け継いだ歴代の聖女たちもまた、この神域に寿命を残していった。よく目をこらして見なさい。お前にも、感じられるはずよ』
ソフィアのペンダントが光を放つ。
そこで、ソフィアは信じられないものを見た。
左右に並ぶ歴代の聖女像。
それらの前に、各聖女たちが立っていた。
彼女たちは皆、それぞれソフィアに温かいまなざしを向けてくれている。
その中にはもちろん――ソフィアの母、ミネットの姿もあった。
ソフィアはさらに驚く。
ミネットの隣に、銀髪の美しい女性が寄り添っていた。ミネットとその女性は親しげに視線を合わせた後、二人揃ってソフィアへと笑いかける。
ミネットは、両手をぐっと握りしめてガッツポーズをとった。
「――お母様っ!」
手を伸ばすソフィア。
しかし、まばたきをした次の瞬間にはすべてが光の粒となって消え去った。
ソフィアには、すぐにわかった。
隣にいたあの女性が誰なのか。
母が、なぜあんなにも幸せそうに笑えたのか。
簡単なことだった。
ソフィアはうつむいて目元を拭うと、その顔を上げる。
「――ありがとう、シャーレ様!」
その晴れやかな表情に、シャーレは少し驚いたように目を開けた。
「二人の
ソフィアの潤む瞳に星が瞬く。
シャーレはそっと目を伏せた。
『……ミネットがなぜ短命だったのか、お前にもわかったでしょう』
うなずくソフィア。
自分の胸元に手を当てる。止まらない鼓動は、自分一人のものではない。
聖女が受け継いだものは、聖女としての役割だけではない。
女神シャーレは教会の聖光に照らされながら言う。
『お前の中にはミネットの、ミレーニアの、リリィ、シャーロット、エミリー、アリア、ルーナ、リゼ、ローラ、アイリス、クレアの残した命が息づいている。一人一人の残した
「え? フィ、フィオナちゃんがっ!?」
どういうことかと驚いて目をパチパチさせるソフィア。
シャーレが両手を広げると、教会の床に光の海のようなものが生まれ、そこに映像が見えるようになる。
それは、見慣れた地上の世界。ソフィアの住む城。彼女の寝室だった。
ベッドに皆が集まっている。
その中心にいるのは、自分。
皆が見守る中で、フィオナが眠るソフィアに口づけをする場面だった。
ソフィアは仰天して両頬に手を当てる。
「わぁ! わぁわぁわぁ!? 私フィオナちゃんにキスされちゃってるー!?」
『よくもまぁ、天界の薬を手に入れられたものね。ともかく、これでお前の年老いた姿を見られることが確定した。そのときを楽しみにするとして、お前はさっさと帰りなさい』
「ぶぇっ!」
映像を覗いていたソフィアのお尻を、女神シャーレが蹴っ飛ばした。
ソフィアは変な声を上げて前のめりに映像の中に落ちる。すると水面が揺らいで映像が消え、その光の海はあのときのゲートに変化した。
「わぷわぷっ!? ちょ、ちょっとシャーレ様ぁー!?」
『せっかくミレーニアとの抱擁の余韻に浸っていたというのに、お前は邪魔よ。せいぜいこの私に感謝して、聖女として少しは態度を改めることね』
「そのつもり!」
即座に帰ってきた言葉に、シャーレはまた驚きに目を見張る。
「私ねっ、ここに来てよかったよ! ちゃんとシャーレ様と話して、ケンカして、いろんなことがわかってよかった! あとさっ、シャーレ様もやっぱりウソついたでしょ! だって先代様たち、みんな嬉しそうだったもん!」
『……!』
ずぶずぶと光に沈むソフィアは、顔と両手だけを出した状態で言った。
「ありがとうシャーレ様! また遊びに来るねぇっ!」
そう言って、笑いながらソフィアは光のゲートをくぐって消える。
こうして残された女神シャーレは、静かな教会で小さく息を吐く。
『……一応、謝罪はしておくわ。ミネット』
それから、美しく並んだ聖女たちの像を順番に見つめてからつぶやいた。
『――あれは、お前たちの知らない世界を創るのでしょうね』
初代聖女ミレーニアのぬいぐるみを抱いたまま、女神シャーレは光の粒になって姿を消した。
ほんの少しの、微笑みと共に。
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