♯303 『天使の雫』
フィオナの言葉に、そして星が宿る瞳に、全員が目を見張る。
そのままベッドから出て立ち上がろうとするフィオナだが、長い間眠りについていた影響なのか、身体がふらついて上手く動けず、床に足を着いた途端に体勢を崩す。
「あっ――」
「フィオナ!」
そんなフィオナをクレスが素早く支え、ベッドに座らせると心配そうに言う。
「いけない。急に動いては」
「す、すみませんクレスさん……。あのっ、代わりにわたしの鞄を持ってきてもらえますか? まだ間に合うはずなんです。急いで、お願いします!」
「鞄? わ、わかった!」
そうして部屋の隅――椅子の上に置かれていたフィオナの鞄を手に戻ってくるクレス。レミウスやメイド、シスターたちは呆然とそのやりとりを見つめていた。
鞄を手にしたフィオナは、中身をあさりながら話す。
「ソフィアちゃんとお揃いのペンダントを持ってくるときに、もし何かあったらって、一緒に持ってきていた物があるんです。――これです!」
そう言ってフィオナが鞄から取り出したのは、美しいガラスの小瓶。
光を弾く瓶の中には、ミルクのような乳白色の液体が入っている。
クレスがフィオナの意図に気付く。
「フィオナ、それは……まさか……!」
こくんと、フィオナはうなずく。しかし周囲の者たちは意味がわからず困惑していた。
かつて、クレスとフィオナがレナたちを遊びに連れて行ったルーシア海岸。
あの灼熱の砂浜で出会った、幼き少女と一人のメイド。
フィオナたちが料理を手伝った際に、メイドから“お礼”として手渡されたのがこのマジックアイテムだ。フィオナは最初この存在をクレスに黙っていたが、もうクレスに秘密を作るようなことはしたくないと決意し、きちんとあの後で話をした。そして、使い途に関しては二人で相談ということになったのだ。
フィオナがクレスに視線を送る。
その意図を汲み取ったクレスは、すぐに表情を和らげて大きくうなずいてくれた。フィオナはその優しい返事に胸を温かくする。
そしてフィオナは、その小瓶を手に皆へと話す。
「これは、ある方にいただいた『天使の雫』というアイテムです。神秘の霊薬で、たった数滴でも寿命を延ばすことが出来るそうなんです」
その発言で、全員が『!』とフィオナの思惑を理解した。
レミウスがゆっくりと近づく。
「フィオナ様……まさか、そ、そのような伝説の霊薬を……!? それは、かつてミレーニア様が手にしていたとされる天上界にのみ存在するはずの秘宝……いったい、どのように……」
「説明をしている余裕がありません。ソフィアちゃんとわたしのペンダントが共鳴しているうちに、始めます!」
フィオナは迷わず小瓶の蓋を開けると、中の白い液体をほとんどすべて自分の口に含んだ。
そして――眠るソフィアに口づけをする。
口移しという形で、ソフィアに薬を経口摂取させた。二人の聖女が唇を重ねる神秘的な光景を、全員が言葉もなく静かに見守った。
フィオナが唇を離す。
そして、祈る。
「お願い……ソフィアちゃん、帰ってきて……!」
フィオナの手に握られたペンダントが、淡い光を放った。
◇◆◇◆◇◆◇
女神シャーレと聖女ミレーニアのステンドグラスから光が注ぐ聖壇。
そんな教会内で、ぬいぐるみを抱くシャーレは目を細めて言った。
『お前でも静かになることがあるのね』
その言葉は、彼女の背後――
少女はベンチの上で膝を抱えながら両手の指をツンツン合わせ、頬を赤らめて答える。
「……やー、だってさぁ、さっきお別れして頑張る決意をしたばっかりなのに、すぐ戻ってきて恥ずかしいじゃないですかぁ……」
すると、女神シャーレはため息をついてからくるりと振り返る。
そのままふよふよと浮かびながら少女――ソフィアの方へ近づいてきた。
『なぜ戻ってきた』
「ええーっ! なぜって言われましても、あれ以上進めなかったんだもん! それで私の寿命がもうなかったんだなーって気付いたの。んもーもっと早く教えてよシャーレ様! 決意を新たにした私がバカみたいじゃん! こうやって顔合わせるのも恥ずかしいしー!」
赤い顔で抗議するソフィア。
シャーレは無表情で告げる。
『お前にもう寿命がないと誰が言った。その小ぶりなモノの奥には十分な生命力がある』
女神に胸元を指さされ、ソフィアは「え?」と固まった。
そして自身の胸元をペタペタ触りつつ、困惑のまま尋ねる。
「え、え? あの、シャーレ様? それってどゆことですか? だって私――」
『ミレーニアに逢っておきながらまだ気づけないのね。ふぅ、やはり未熟な聖女だわ……これだから処女は……』
「それは今カンケーなくないっ!? うわー現実に戻ったらエロスの勉強するって言っちゃったことが今になってめっちゃ恥ずかしくなってきたぁ!」
『ようやくうるさいのに戻ったわね。まぁいい、聞け。お前の寿命は既にこの神域によって補填されている。お前は光輪をくぐれなかったのではなく、
「へ、へっ? 補填? い、意味わかんないですけど! だって私、
混乱するソフィアに、女神シャーレは呆れた様子で言葉を返した。
『その神域の
「……へ?」
ソフィアは、さらにキョトンと呆けることになった。
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