♯302 双子星
◇◆◇◆◇◆◇
「フィオナちゃん」
と声がした。
周囲は、綺麗な夜空のようにキラキラとしている。
フィオナは、そんな不思議な空間を気持ちよく飛んでいた。
一人ではなく、二人で。
繋がれた手の先で、自分の名前を呼んでくれた妹が笑った。
「ソフィアちゃん」
「んふふ、もうすぐ着きそうだよ。ほら!」
ソフィアが進む先を指さす。
そこに光のゲートのようなものが見えた。
フィオナはふと思い出す。
ソフィアを迎えに行くため共に眠りについたとき、夢のような世界でこのようなものをくぐったような気がする、と。
ならば、きっとこの先は自分たちの世界。
やっと、大切な人たちの元へ戻れるのだ。
ソフィアと、二人で。
「……行こう! ソフィアちゃんっ」
フィオナが明るく呼びかける。
そこで、ソフィアが手を離した。
「――えっ?」
フィオナだけが、光の方へ進む。
ソフィアは見えない壁に阻まれるように動きを止め、こちらを見て、少し首を傾げながら気恥ずかしそうに言った。
「私はここまでみたい」
フィオナは呆然とした。
「せっかく迎えに来てくれたのに、ごめんね。やっぱりちょっと、居すぎたみたい」
「……ソフィア、ちゃん?」
「まぁ、私は元々少なかったからね。小さな頃に無理もしちゃったし。でも、シャーレ様も意地が悪いなぁ。こうなることわかってたくせにさ。あっ、もしかしたら最後にフィオナちゃんとの思い出を作らせてくれたのかな? 一緒にいっぱい戦えたり、歌ったり踊ったり、一緒にご飯食べて二人で眠ってさ、お風呂も楽しかったなぁ。初めての大冒険だった!」
スラスラとソフィアは語る。
楽しそうに、嬉しそうに。
「うん。後悔はしてない。でも、ちょっと早いってお母様には怒られちゃうかなー。レミウスとかあの子も呆れちゃうかもね。――あ、それとフィオナちゃん。嫌だったら逃げていいからね? って、そう言って逃げるような人じゃないと思うから申し訳ないなぁ。クレスくんやみんなに、よろしくね」
困ったように頬を掻く。
ソフィアの身体が、キラキラ光る。
命の灯火。
それは、星が最後に輝くような美しさだった。
二人の持つペンダントが、それぞれ共鳴するように輝く。
フィオナは、悲しい予感に全身に冷たいものを感じた。
考える余裕はない。
とにかく、手を伸ばした。
ぐんぐんと離れていく。
届くことはなかった。
「お姉ちゃん」
ソフィアが愛らしく微笑む。
その瞳から、涙が流れた。
「――ありがとう。大好きです!」
フィオナは最後まで手を伸ばす。
「ソフィアちゃん――――っ!!」
その声が彼女に届いたかどうかもわからないままに、フィオナは光のゲートに呑み込まれた――。
◇◆◇◆◇◆◇
「………………――っ!」
フィオナが、ベッドの中でパッチリと目を開けた。
まずその瞳に飛び込んできたのは――
「…………クレス、さん」
前屈みに椅子に座って目をつむる、愛する人の姿。
最初の一言は声がかすれて上手く出なかったが、それでも彼はすぐにまぶたを開いてその呼びかけに応えた。
「――! フィオナっ!」
クレスは大きな声で妻の名前を呼ぶと同時に立ち上がり、わなわなと震え、それからフィオナの手を両手でしっかりと握ってくれた。懐かしくさえ感じる温もりに、フィオナの心は安らぐ。
クレスの言動で途端に周囲が慌ただしくなり、神官やシスターがバタバタと動き出して、すぐそばに控えていたらしい大司教レミウスとソフィアの専属メイドが様子を伺いにくる。
「フィオナ様……よくぞご無事で……!」
「お体の具体はいかがでしょうか。まずはお水を。すぐに医師を呼んでまいります」
ずっとここで眠っていた影響なのか、まだ頭はどこかぼやっとしているが、二人の顔や声も、フィオナにはなんだかとても懐かしいものに感じられた。
同時に実感する。
「……おかえり。フィオナ」
「……ただいま、戻りました」
自分は、自分の世界に帰ってきたのだと。
そしてまた、大切な人に会えた。
ゆっくりと身を起こす。クレスが身体を支えてくれた。
「クレスさん……助けに来てくれて、ありがとうございました……」
「え?」
クレスは驚いたようにキョトンとした。どうやら彼にそのような記憶はないらしい。
そこへレミウスが声を挟む。
「フィオナ様。ソフィア様は――」
フィオナはハッと気付いてそちらに目を向ける。
隣で目をつむるソフィアは――未だに目覚めていない。
その瞬間に、フィオナの脳裏ですべてが鮮明に蘇った。
笑顔で自分を見送る、妹の涙。
光のゲートをくぐったのは、自分一人だけ。
目覚めたのは、一人だけ。
その事実が、フィオナに大きな衝撃を与えていた。
そんなフィオナの反応や顔色を見たからか、レミウスは何も言わず重たそうにまぶたを閉じる。何人かのシスターがソフィアへ声を掛けたが、反応はなかった。見守っていた周囲の者たちも沈鬱な表情を見せ、泣き出すシスターたちの頭を修道長サラがポンポン叩く。医師を連れて戻ってきていたソフィアのメイドは、ただ、無表情でじっと立ち尽くしていた。
クレスが言う。
「……フィオナ。聖女様は……」
その問いに対する答えは、おそらく皆が同じものを予想していた。
だがフィオナは――
「……輝いています」
誰も予想していなかった答えに、皆は呆然と固まった。
「ソフィアちゃんの星は、今も輝いています。わかるんです。まだこれからだから!」
フィオナのペンダントとソフィアのペンダントは、互いに共鳴の光を放つ。
フィオナは思い起こす。
あのとき、最後の瞬間に女神シャーレは言った。
『未熟な
女神シャーレがそう言った。
双子の聖女。二人で一人。
まだ終わりではない。
始まりの聖女ミレーニアと約束をした。
託された想いを繋ぐ。
手のひらの“熱”が、フィオナを突き動かす――!
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