♯274 星を継ぐ処女《おとめ》たち

 神の湯を上がって肌艶も良くなった二人は、それから最上段の浮島にあったあの教会へと足を運んだ。

 重厚な門を開けば、煌びやかな女神のステンドグラスがある礼拝堂が二人を迎える。


「フィオナちゃん、起きたらここにいたんだよね?」

「うん。最初は、どうしてこんなところにって混乱しちゃってたんだけど……ミネット様の像を見つけて、ソフィアちゃんを迎えに来たんだって思い出したの」

「そっかそっかっ。じゃあお母様に感謝しなきゃね。お母様、お姉ちゃんを連れてきてくれてありがとうございましたっ!」


 ミネットを象った柱に向けて手を組合わせるソフィア。静寂の中、フィオナも同様に妹に会えたことを感謝しながら祈る。


 祈りを終えたところで、フィオナが声を掛けた。


「ねぇ、ソフィアちゃん」

「ん、なーに?」

「この柱に彫られた聖女様の像って……聖都の教会にもあるんだよね……? 見たことはないんだけど、おじ様やおば様から話を聞いたことがあって……」


 そう言いながら、改めて礼拝堂の両サイドに並ぶ柱へと目を向けるフィオナ。

 ソフィアは「うんうん」と軽くうなずき、言った。


「そっかそっか、フィオナちゃんはまだ見たことないんだね。私たちの世界では、聖女が“天星”したときにだけ一般開放される大聖堂の特別な部屋にあるんだよー。でもラッキーかもしれないよ? だってこっちの方がデキがいいし!」

「そ、そうなんだ?」

「うんっ。せっかくだからご挨拶していこっ!」


 そうして、二人で歩きながら順番に聖女像を眺めていく。


 初代聖女――〈ミレーニア・ステラ・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 刻まれし黎明の名は、星と慈愛の意を持つ清き処女おとめ。混沌を極める魔の時代に突如として現れ、その聖なる瞳と魔力、すべてを包み込む慈悲深き御心で地上の人々を救い、女神とさえ崇められた伝説の聖女。彼女の存在から、今の世界の聖史は始まった。


 そして、時は流れる。



 2代目聖女――〈リリィ・ライラ・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 3代目聖女――〈シャーロット・アン・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 4代目聖女――〈エミリー・グレース・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 5代目聖女――〈アリア・リア・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 6代目聖女――〈ルーナ・ペイズリー・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 7代目聖女――〈リゼ・フローレンス・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 8代目聖女――〈ローラ・メロディ・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 9代目聖女――〈アイリス・エスメ・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 10代目聖女――〈クレア・セレスティ・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 11代目聖女――〈ミネット・レイラーニ・ル・ヴィオラ=アレイシア〉



 数百年に渡り、綿々と受け継がれてきた聖なる名。彼女たちの血は、今もフィオナとソフィアの中で流れ続けている。


 感慨深いものを抱きながら、それぞれの像を見た二人が足を止めたのは、12本目の柱の前。


 ――〈ソフィア・ステファニー・ル・ヴィオラ=アレイシア〉


 まだ象られていない柱。

 既に刻まれたプレートの名にフィオナが気付いたとき、ソフィアがそっとそこに触れる。


「そして、これが私の分。まー自分で完成像が見られそうにないのはちょっと文句言いたいけど、ちゃんと美人に彫ってくれたらいいかなっ!」

「ソフィアちゃん……ふふっ、そうだね」


 そうやって茶目っ気たっぷりに明るく言ってくれるから、少し切ない気持ちになっていたフィオナも笑うことが出来た。


やがて二人は、また初代聖女ミレーニアの像の前に戻ってくる。見上げる彼女の姿は、像でありながらも神々しさを内包していた。

 そこでフィオナが気付く。


「あっ……ひょっとして、あのステンドグラスで女神様と一緒に描かれてる人って、ミレーニア様なのかな?」


 正面のステンドグラスとこの像とを見比べてみるフィオナ。髪型や顔つきなどよく似ているように感じたのだ。

 するとソフィアもすぐにうなずく。


「そうみたいだねっ。てゆーかさ、自分と一緒のステンドグラス作っちゃうとか、あの神様ほんっとに初代様のこと好きすぎだよね! ぬいぐるみも見た~?」

「あっ、シャーレ様が持ってたぬいぐるみって、ひょっとしてミレーニア様……!?」

「そうそう、いつもずぅっと抱きかかえてるの。子供みたいにさー! 前に言ってたんだけど、完全で完璧な聖女っていうのは初代様だけなんだって。以降の聖女はみんな不完全で失格で、全然興味もないみたい。ことあるごとに初代様と比べられてもうやんなっちゃうよー!」

「そ、そうなんだぁ……」

「『お前たちは到底ミレーニアに及ばない。情けない子孫を見届け続けていることをむなしく思っているわ』なーんてあきれ顔で言われたし! 情けなくて申し訳ないですよーだ!」


 腰に手を当てながらため息をつくソフィア。

 驚きながらも、ソフィアの言葉から女神シャーレの気持ちを考えるフィオナ。話を聞く限り、確かに女神シャーレは初代聖女ミレーニアのことを特別に思っているようだ。


 そこで、フィオナはちょっとした疑問を持った。

 ならば、女神シャーレはなぜ今もずっと聖女たちを見守り続けているのだろうかと。特に現在は魔王による世界の支配も解かれ、平和な世へと変わりつつある。地上の人々にとって聖女は今も特別な存在であるが、女神シャーレにとっても見守り続ける特別な理由があるのだろうか。


 考えても答えは出ないが、それでも、フィオナにもわかることはあった。


「シャーレ様がそこまで認めるくらいだから……ミレーニア様は、本当にすごい聖女様だったんだね」

「んっ、教会でも初代様だけは特別だねーやっぱり。ずっと昔の人だから、ほんとのことはわかんないけどね。教会にもウソでしょみたいな逸話や伝説ばっかり残ってるけど、もしあれが全部本当だったらあの女神様なんかよりずっとすごいよ! 私も小さかった頃はお母様やミレーニア様たちになりたいって憧れてたなぁ。まぁ、わたしはまだまだこれからが成長期だからね!」


 えへんと胸を張るソフィアを見て、フィオナはくすくすと笑いをこぼす。



「お前がミレーニアになろうなどとおこがましい。弁えなさい」



 突然聞こえた声に、「きゃっ!?」「わあっ!?」と揃って驚愕する二人。そして、視線を上げてさらに仰天した。


「お前のような不完全な聖女でも、ミレーニアと同じ場所に立てること、心より感謝することね」


 初代聖女ミレーニアの像のすぐそばで、女神シャーレが長い髪をぶらりと垂らしながら逆さまにふわふわと浮いていた。

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