♯273 エッチなお姉ちゃんじゃありません!

 ソフィア曰く、この神域から元の世界に戻るためには女神シャーレの力が必須とのこと。そのため、彼女を説得出来なければフィオナもソフィアもここから帰ることは出来ない。しかしその女神が姿を見せない以上は、今の二人に出来ることはないのだという。


 ――というわけで、本当にラブラブ姉妹デートが始まったのであった。


「フィオナちゃん次こっちっ! 面白いものみせたげるねっ!」

「わっ、わっ、ま、待ってソフィアちゃん~」

「はーい待つよー♪」


 ソフィアに手を引かれて転びそうになるフィオナを、ソフィアが抱き留めるようにキャッチ。お互いについ笑い出して、そのまま神域デートを続けた。


 小さな泉の中で水遊びをしてみたり、光る綿毛を持つ花を観察してみたり、星型のグミのような甘酸っぱい実が成る『星の木』で一緒に実を食べてみたり、ふわふわした雲の上で寝転んでみたり。元の世界ではなかなか一緒には出来ないことを、フィオナとソフィアは時間を忘れて楽しんだ。そもそも本来この神域に“時間”という概念は存在せず、どれだけ遊んでも暮れるような陽は空になく、さらに言えば、疲れたり空腹になるようなこともなかった。ただいつまでものんびりと過ごせる、まさに天国のような世界である。ソフィアがここで何ヶ月も過ごしたように感じているのはあくまでも体感的なものだ。


 そんな世界には、さらに天国のような場所があった。


「じゃーん! こんなのもあるんだよ!」


 案内してくれたソフィアが、手を広げてその光景を示す。

 上段の大地の端っこにあったそれは、一見するとただの泉……のように思えるものだったが、フィオナがよくよく見てみると、透明な水面からは湯気が立っている。


「これって……ひょっとして、お風呂?」

「うんっ! ここだけお湯が湧き出ててね、しかもちょーどいい温度なんだよ。神様の世界のお湯、まさかに神秘の秘湯だね!」

「へぇ~……なんだかありがたいお湯に見えてくるね……って、ソ、ソフィアちゃんもう脱いでるのっ!?」

 

 いつの間にやら衣服を脱ぎ捨てていたソフィアに驚くフィオナ。

 ソフィアはくびれた細い腰に手を当てながら、清らかな身体を何ら隠すこともなく毅然と仁王立ちしていた。


「ふっふっふ! ここでの私は完全に自由なのだっ。公務なんてしなくていいし、大好きなお風呂だって入り放題! 裸でいたって怒られない! 誰にも止められないよー! ほらフィオナちゃんも入ろっ! 私が脱がせてあーげるっ♪」

「へっ? わ~! じ、自分で出来るよ~~~っ!」


 そんなこんなのやりとりをした後で、二人は揃って神秘の秘湯に足を入れる。

 肩まで使った瞬間に、姉妹は同じタイミングで快楽の吐息をもらした。

 泉と同じように透き通る神の湯は、二人の身体をありのまま晒して包み込む。ソフィアの言うとおりにちょうどよい温度は身体に染み渡るようであり、フィオナは思わずふにゃ~と頬を緩ませてしまうほどだった。目を開けてみれば広がる星空、美しい世界の絶景。まさに極楽な湯である。結局、どこへ行っても女神を見つけることは出来なかったが、それでも二人での時間は無駄ではないとフィオナは感じていた。


 ほっこり顔でとろけたフィオナの頬を、隣のソフィアがぷにっと突く。


「んっふふー。フィオナちゃん、すっごい癒やされ顔してる」

「そ、そうかなぁ? でも、本当に癒やされてるよ~……。ソフィアちゃん、いろいろ案内してくれてありがとう。デート、楽しかったよ」

「えへへっ、私も楽しかった! やっぱりフィオナちゃんと一緒だと落ち着くし、お風呂だっていつも以上に癒やされるよ~。むふふ……あとはフィオナちゃんのおっぱいに触れたら……」

「こら、だーめ」

「ぶー!」


 こっそり伸びてきた手をフィオナが軽く叩くと、ソフィアはむくれ顔で口を尖らせる。それから二人しておかしそうに笑った。微笑ましい姉妹だけの空間で、しばらくたわいのない贅沢な会話が続く。


 やがて、フィオナがすくったお湯を見つめながらつぶやいた。


「でも、本当に不思議なところだよね……。お腹も減らないし、眠くもならないし、ずっと、心が安らかで……。泉とか、お花とか、こういうお風呂なんかも、全部シャーレ様が作ったのかな?」

「そうだねー。こういうのって、きっと全部聖女のためのものなんだよ」

「え? 聖女のため?」


 ソフィアは「うん」とうなずき、ぐーっと両手を上に伸ばしてから言った。


「昔から云われてるんだー。お役目を果たした聖女は、天上の世界で最期の時まで魂を綺麗に洗うんだって。たぶん、それがこの神域。頑張ったご褒美みたいなものなのかな?」

「ご褒美、かぁ……」

「天国みたいだもんね。こうやって心を休めて落ち着けて、ゆっくり魂を溶かしていくの。ほら、私たちの身体から、ちょっとキラキラしたもの出てるの見える?」

「あ……うん。これ、なんだろうって思ってたんだ。魔力……じゃないだろうし」


 フィオナが自分の身体を見下ろす。

 お湯に浸かる二人の身体からは、先ほどから小さな光の粒子みたいなものが零れるように出てきていた。それは、地上で大きな魔術を使った後に溢れる魔力の粒子にも似ている。


「それはね、私たちの命。魂の欠片なんだって。寿命ってことかな? 少しずつ、この世界に溶け込んでるの」

「魂の欠片……」

「聖女はこの世界でゆっくり魂を浄化して、シャーレ様の元に還るから。だからね、戻るつもりのわたしたちがあんまり長居しちゃいけないんだよ。そうはいっても、あの神様が帰してくれないんだけどさー!」

「そっか……本当は、お役目を果たした聖女様のための世界なんだもんね。今までの聖女様たちも、みんなこの世界にいたってことだよね?」

「うん。きっとお母様もこのお風呂に入ってほっこりしてたんじゃないかなー? 私たちみたいに、イリアママと一緒だったらお母様も喜んだんだろうなー」

「……うん。そうだね」


 本来であれば、聖女は一世代に一人のみ。つまり、この神域に入れるのも一人だけ。フィオナとソフィアのように、肩を並べてお湯に浸かれたような聖女は過去に一人もいなかっただろう。


 そこで、ソフィアがまたフィオナにむぎゅーっと抱きついた。


「そう考えると、私はフィオナちゃんとこうやって一緒にいられて幸せだなー! もちろんまだここで溶けちゃうつもりはないけどね! 何より、新婚さんのフィオナちゃんをクレスくんと離ればなれにしちゃうわけにはいきません!」

「ふふっ、ありがとうソフィアちゃん。なんとかシャーレ様を見つけて説得して、二人で元の世界に帰ろうね」

「うん! 元の世界でまだまだ青春を謳歌しようぜ!」


 明るく笑い合う二人。

 しばらく、静かな時間が流れた。

 フィオナに身体を預けるように寄り添い密着したままのソフィアの手に、わずかに力が入る。それはもちろん、フィオナもすぐにわかった。


「……お姉ちゃん」


 小さなつぶやきだった。


「迎えにきてくれて…………ありがと……」


 ぽつりと漏れ出た言葉に、フィオナは優しく微笑み、ソフィアの頭を撫でる。フィオナには見えないソフィアの瞳は、キラキラと光を反射するくらいに潤んでいた。


「……お姉ちゃん」


 再び、ソフィアが呼ぶ。


「……おっぱい、触っていい?」

「だーめ」

「わーん! 今の流れならいけると思ったのに~~~!」


 すっかり元に戻ったソフィアに、フィオナはくすくすと笑った。つい良い感じの空気のまま「いいよ」と言いそうになってしまったものだ。


 しかしソフィアはただで転ばない。


「じゃあエッチなことまた教えて! 最近クレスくんとどう? お互い成長した? 月に何回くらいするの? フィオナちゃんはどういう方法が好きっ?」

「え、ええ!? そ、そそそんなこと今お話するのっ?」

「だってあのイジワル神様にめっちゃ煽られたんだもん! エロスも知らない聖女でかわいそうって。そもそもあんたが私を聖女にしたせいじゃんって! ひどいよねひどいよね!? だから言ってやったの! お姉ちゃんからエッチなこと教えてもらってるもんねって! 今度エロスの神髄を教わるから覚えてろって!」

「ええ~~~!? そ、そんなのわたしわからないよ!?」

「それでもいいから教えて~! 悔しいから見返したいのっ! でも私そういうのよく知らないし、ここじゃそういうことも出来ないし、あの神様から貰ったエッチな本はなんか内容ドロドロしてて過激で怖いし……もうお姉ちゃんから教えてもらうしかないんだよぅ! お願いします! 新婚さんならではのエッチなこと教えてくださいエッチなお姉ちゃぁん!」

「エッチなお姉ちゃんじゃありませ~~~~~ん!」


 妹ソフィアからくっつかれて無茶なお願いを頼まれた姉フィオナは、元の世界のようになんとか理由をつけて逃げ出すようなことも出来ず、結局は赤裸々にあれこれ話さざるを得なくなってしまった。しかしそれでも、“人生で恥ずかしかったランキングTOP3”に入り込んだセシリアの時よりはまだマシであると自分に言い聞かせるのだった……。

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