♯272 想いの引力
なんとも不思議なティータイムを過ごす中で、二人と一柱は会話を再開していた。
フィオナが首に掛けていたペンダントに手で触れる。
「どうやって来たのかは、わたしにもまだよくわからないんですが……ひょっとしたら、このペンダントの影響でしょうか……?」
すると、ソフィアも「あっ!」と気づいて自分の首のペンダントに触れる。
「だいぶ思い出してきました。わたし、どうにかソフィアちゃんを迎えに行こうと思って、元の世界であれこれ試していたんです。それで、このペンダントを持ったままソフィアちゃんのベッドに入って、そしたら……えっと…………急に眠たくなって……」
記憶を探りながらそう答えるフィオナ。ソフィアは自分のペンダントとフィオナのペンダントを交互に見やっていた。
静かに説明を聞いていた女神シャーレが口を開く。
「――お前たちのそれには、
「「え?」」
二人が驚いたように女神の方を見る。
シャーレは宙で脚を組み、続きを話した。
「ミレーニアを地上の聖女としたとき、私はあの子に星の力を与えた。以来、代々の聖女は星の力を受け継いでいる。それが『
「このペンダントに……」
「お母様と、イリアママの魔術が……?」
フィオナとソフィアはお互いのペンダントに目を向ける。お揃いの宝石は、この世界でも変わらぬ美しい輝きを放っていた。
「宝石とは地上の中で最も美しく完全に近い存在の一つ。とりわけ、その宝石は見事なものね」
「え? シャーレ様、このペンダントの石をご存じなんですか?」
フィオナの質問に対して、シャーレは無感情にスラスラと語りだす。
「その
そう言って、また紅茶に口をつけるシャーレ。
「……お母さん」
「……お母様」
フィオナとソフィアは、女神の話を聞きながらそれぞれに思いを馳せていた。
このペンダントを大切に持っていた二人の母親が――イリアとミネットが、お互いのことをどれほど想い合っていたのか、それが今、宝石を通して伝わってくるような気がした。そして、二人の母親のおかげで自分たちもまた再会出来たのではないかと、二人は同じことを考えていた。
二人の中に温かいものが満ちていたそのとき――女神シャーレの手の中で、カップが激しい音を立てて砕け散った。
「――不愉快だわ」
静かなつぶやきに、フィオナとソフィアは背筋を冷やした。
そして困惑する。
「聖女とは神の子。私の元に還る尊き魂。ミレーニアのように、私のためだけに輝かなくてはならない。それなのに……それなのに………………」
宙で背中を丸めながら、わずかに震えてつぶやくシャーレ。
やがて震えがぴたりと止まると、女神シャーレは美しいプリズムヘアーを揺らしながら二人に背を向け、絞り出すような声で言った。
「もういい。新しい聖女はまた私が選ぶ。お前たちは永遠に此所に留まるのよ。その魂が、私の元に還るまで」
それだけ言って、女神シャーレは空気に溶け込むようにスゥっと消えてしまった。
「……え? あっ、ま、待ってください! シャーレ様! あのっ!」
フィオナが立ち上げてそう声を掛けたが、もう何の反応も返ってはこない。辺りを見回しても女神の姿はなく、気配も魔力も感じられず、ただ泉の女神像だけが静かにこちらを見つめていた。
ソフィアがため息をついて、テーブルにごんっと顎を乗せる。
「はぁ~。またどっか行っちゃった。気にしなくていいよフィオナちゃん。あの神様すっごい気まぐれで、いつも話してる最中に急にどっか行っちゃうんだもん。それでまたそのうち急に出てくるの。はーどれだけ私が苦労して捜したか!」
「そ、そうなの?」
「うん。長いときは一月くらい出てこなかったし。あ、一月って言ってもこっちの時間でね。なんか、こっちでは地上よりずっと時間がゆっくりなんだって。地上の一日が、こっちだと十日くらいだって言ってたかな。魂がゆっくり溶けるとかなんとか。よくわかんないんだけどね」
「そうなんだ……じゃあ、またお話出来るかな?」
「たぶんね。てゆーかそうじゃないと困るんだよっ! フィオナちゃんまで帰れなくなっちゃうし! とにかく次はなんとかして
「う、うん! そうだねっ!」
納得した……というか納得せざるを得なかったフィオナがそう言ってうなずくと、そんなフィオナの腕にソフィアが抱きついてきた。
「ソフィアちゃん?」
密着するソフィアは、にぱっと楽しげに笑う。
「と、ゆーわけなので! こうなったらもう適当に時間つぶすしかないからさ、一緒にぶらぶら神域デートしよっ!」
「え? デ、デートっ?」
「だって他にやることないでしょ? 話ならデート中いくらでも出来るし、ここなら時間だっていっくらでもあるし、神様の世界だけあってキレーなところいっぱいあるんだよ! にへへ、仲良し姉妹のラブラブ神域デートだー! ほらいこいこっ♪」
立ち上がり、嬉しそうにフィオナを腕を引くソフィア。まさかの展開にちょっぴり戸惑ったフィオナだが、愛らしい妹の姿にすぐに顔を綻ばせ、一緒に歩き出した。
――フィオナは、最後にちらっと神泉の方を振り返る。
先ほどの女神の姿が、まだ頭の中に強く残っていた。
背中を丸めて震えていた女神の姿が――初代聖女ミレーニアのぬいぐるみを抱きかかえる彼女が、どこか、寂しげな幼き子供のようにフィオナには見えた。
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