♯271 迎えに来たよ
突然聖泉に落ちてきた少女――フィオナは、重たくなった服をつまみながら起き上がり、全身びしょ濡れのまま微笑んだ。
ソフィアは何度かまばたきをして、信じられないものを見るようにつぶやく。
「……フィ、フィオナ、ちゃん? どう、して……」
「よかったぁ。ちゃんとソフィアちゃんに会えて」
聞き慣れたフィオナの声を聞いて。
その場から駆けだしたソフィアは、まだ泉から出てもいないフィオナへ向かって飛びついた。
「フィオナちゃぁん!」
「わっ!? わ、わわわー!」
なんとかソフィアを抱き留めたフィオナだが、勢いのまま後ろに倒れ、また泉の中にドボン。二人揃ってずぶ濡れになってしまった。だがソフィアはそんなことを気にする様子はなく、フィオナにぎゅっと抱きついたまま離れない。これに、今度はフィオナの方が呆然とした。
やがてソフィアはフィオナから身を離し、両手でフィオナの肩を掴みながら声を震わせる。
「なんで……どうして!? 来ちゃダメって言ったのに! どうやって来たの!? ここがどこだかわかってるの!? もーフィオナちゃんが来ちゃったら私がここに来た意味ないじゃん! あーもーどうなっちゃってるの!」
「ソ、ソフィアちゃん? えっと、お、落ち着いて」
「落ち着いてられないよ! だって……だって嬉しいもんっ!」
そう言うと、ソフィアはまた両手を広げてフィオナにぎゅう~~~~っと抱きついた。そしてフィオナの身体をあちこちペタペタと触りまくる。
「わーん本物だよぉ! 石けんのすっごくイイ匂いするし、お肌すべすべでおっぱいも柔らかいし、抱きついてるとすっっっごく癒やされるもん! 本物のフィオナちゃんだよ~~~!」
「そ、そういう判別の仕方なの? ――ふふっ」
ちょっぴり戸惑うフィオナだが、彼女もまたソフィアを本物だと確信したようで安堵の表情を浮かべた。
それから、自分の胸に頬ずりする妹の頭に手を乗せる。
「ひとりぼっちで寂しかったよね。ごめんね、ソフィアちゃん」
ソフィアが、ゆっくりと顔を上げた。
姉妹の瞳に、それぞれの顔だけが映る。
「迎えに来たよ。一緒に、みんなのところへ帰ろう?」
優しい姉の表情と言葉に、妹はその瞳を潤ませながらこくんと大きくうなずいた。
「――勝手に話を進めないでもらいたいわ」
女性の高い声に、二人の視線がそちらへと向く。
泉の外で、ふわふわと宙に浮かぶ女性が二人を見下ろしていた。
女性が軽く指を鳴らすと、先ほどの泉のシャワーに濡れてしまっていた女性の身体が一瞬ふわっと風にあおられ、次の瞬間には全身がさっぱりと乾いて魔力の粒子のようなものが煌めいた。
女性は手元に抱いていた愛らしいぬいぐるみを大事そうに触りながらつぶやく。
「ずいぶんと奔放な子孫が育っているわね、ミレーニア」
そんな彼女から、フィオナは目が離せなかった。
「…………女神……シャーレ様……?」
フィオナは、まばたきを忘れるほどに見惚れていた。
金色にも銀色にも見える、星空を体現するようなプリズムヘアー。宝石さえ霞むような美しい金の瞳。睫毛は長く、唇は艶やかで、整いすぎた顔立ちは絵画のようですらある。フィオナよりも豊かな胸は重力に逆らい、薄い羽衣から露出した白い肌は陶磁器のように滑らかで傷の一つもなく、くびれた腰つき、引き締まった臀部からスラリと長い脚が伸びる。見事な美貌のプロポーションは美術品のようであり、それでいていやらしさはまるで感じさせず、同性さえ強く惹きつけるほど完成されていた。地上の世界で見たどんな女神画より、どんな女神像より、どんな女神を讃える歌よりも完全で、完璧で、非の打ち所などない。
完成された肉体を持つ彼女――女神シャーレの美しさに、フィオナはただ言葉を失った。
シャーレが静かに口を開く。
「新たなる聖女、フィオナ」
「……え? あ、わたしっ、は、はい!」
「お前を招いた覚えはない。神域は神の世界。私から魂に
「え、えっと、どの、ように……?」
女神からの質問に、フィオナは少々戸惑った。そう訊かれても、どのように来たのかなんて自分でもよくわからないからだ。
そんなフィオナのおたおたした様子を見て、女神シャーレは小さく息を吐いてから指を鳴らした。
するとフィオナとソフィアの身体が宙へと浮き上がり、二人の身体からぽたぽたと水がしたたれ落ちる。
「――へ? わぁっ!? う、浮いてる!? 魔術!?」
「ちょ、ちょっとちょっとなにすんのー! わぷっ!?」
驚くフィオナと文句をつけるソフィア。すると二人にも一瞬ぶわっと突風が吹きつけ、その風が過ぎ去ったときにはもう二人の全身は綺麗に乾いていた。これには二人ともびっくりして何度もまばたきをする。
シャーレがもう一度指を鳴らすと、フィオナとソフィアの身体はすーっと空を滑るように動き、近くにあるベンチへと自然な形で座らされた。さらに二人の前に一台のテーブルが出現し、どこからか用意されたティーカップにはすでに紅茶が注がれている。
フィオナとソフィアは呆然とその不思議な光景を眺め、それから女神へと視線を移す。
ふよふよとこちらにやってきた女神は、いつの間にか持っていたカップに口をつけてから言った。
「
フィオナとソフィアは顔を見合わせて、それからお互いに無言で目の前のカップを手に取り、飲んでみた。
その紅茶は、なんだかとても不思議な味がした。
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