♯264 聖女に一番近い者
城へ入ったところで早速二人を出迎えてくれたのは、いつも応対をしてくれる聖女ソフィアのメイドであった。
黒髪の凜としたメイドは、仰々しく頭を下げる。
「申し訳ございません。聖女ソフィア様は現在多忙のため、すべての謁見、ご面会はお断りさせていただきます」
開口一番の発言に、クレスとフィオナは多少面を食らう。普段ならば、たとえ約束のない面会でも彼女が滞りなく夜の茶会へと案内してくれることが多かったからだ。
まずはクレスが尋ねた。
「聖女様は、最近は人前にも出ていないようですが、何かあったのですか?」
「お答え致しかねます」
「何かのご病気ではと、気を揉む者も多いそうですが……」
「お答え致しかねます」
メイドは声のトーンも変えず、ただ淡々とそう返した。有無を言わさぬといった様子でこちらを受け付けないメイドに、クレスは呆然とした。
メイドはエプロンドレスの前に手を揃えて言う。
「ご期待に沿えず申し訳ございません。本日はご足労いただき、ありがとうございました。またお暇が出来ました際には、是非茶会へとお招きさせていただけたらと思います。それでは――」
深々と頭を下げたメイドは、身を翻して早々と戻ろうとするが――
「――待ってくださいっ!」
彼女を呼び止めたのは、フィオナだった。
フィオナは彼女の元へと駆け寄り、こう言った。
「ソフィアちゃんに、何かあったんですね?」
その言葉を聞いて。
メイドはフィオナの方へと振り返ると、まったく動じることもなく平静な顔で返した。
「ソフィア様のご近況については、お答え致しかねます」
「それなら、メイドさんの近況について教えてもらえませんか?」
「――え?」
それが予想しない返答だったのか、メイドがほんのわずかな動揺を見せた。
フィオナはしっかり彼女と目を合わせて話す。
「メイドさんのお仕事は、聖女様のお世話ですよね。では、今日はどういうお仕事をされていましたか? 夕食前でメイドさんも忙しいはずなのに、どうしてこの場所にいたんですか? まるでわたしたちを待っていたみたいに、最初からこちらにいらっしゃいましたよね」
「…………」
「本当にソフィアちゃんが忙しいのなら、メイドさんは、きっとすぐそばでお仕えしているはずです。いつもみたいに、ソフィアちゃんをそばで支えてくれているはずです」
メイドは、ハッと目を見開いた。
フィオナの両の瞳が、じっとメイドを見つめている。
すべてを見通すように、優しく、美しく、慈しむような瞳でメイドを見ていた。そして、その髪は星々のように美しいプリズムの輝きを宿していた。
「メイドさんのお顔を見たら、わかります。きっと、もうずっとろくに休んでいませんよね? 何度もお会いしているんです。わたしにもわかります。だから、どうか教えてもらえませんか?」
「……それは……」
「……わたしにとって、ソフィアちゃんは特別な人です。大切な人です。だから、何があったのか知りたいんです。もし何かあったのなら、助けになりたい。それはきっと、メイドさんも同じですよね?」
フィオナは、穏やかな表情でメイドの両手をそっと包み込むように握った。
「わかりますよ。だって……ソフィアちゃんのことをいつも一番近くで見てきたのは、
微笑み掛けるフィオナに、メイドは、もう何も言えなくなっていた。
その代わりに、ぎゅっと、フィオナの手を握り返した。
そして顔を伏せると、今にも泣きそうな、消え入りそうな声で弱々しくつぶやく。
「……フィオナ、様。どうか…………どうか、ソフィア様……を……」
彼女のそんな姿を見るのは、クレスもフィオナも初めてのことだった。
そんなときだった。
「――お通ししなさい」
男の声に、クレスとフィオナがそちらへと目を向ける。メイドも背後を振り返った。
そこに立っていたのは、法衣服姿の大司教――レミウスである。その手には、位を表す杖も握られていた。
メイドが驚いた様子でつぶやく。
「大司教、様……」
「代理だ。そんなことより、お二人をご案内して差し上げなさい。ソフィア様の元へ」
「よろしいのですか? 現在は、面会・謁見の完全禁止令が……」
「構わん、私が出したものだ。元より……お二人は特例である」
レミウスはそれだけ言うと法衣を翻し、大きな階段を静かに上がっていく。杖と靴の乾いた音だけが響いた。
メイドは再びクレスとフィオナの方へ向き直り、改めて頭を下げる。
「クレス様、フィオナ様。大変な失礼を致しました。すぐに、ソフィア様の元へご案内致します」
普段よりもどこか明るく聞こえる彼女の声に、クレスとフィオナは手を繋いで顔を綻ばせた。
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