♯263 プリズムの輝き
◇◆◇◆◇◆◇
「――っ!!」
フィオナはベッドの中で目を開けた。
「…………あれ? 何か、不思議な夢を……見てた、ような……」
しっとりと汗を掻いていて、頭は少しぼうっとしている。よく、思い出せなかった。
窓からは、昇り始めた朝日の光が差し込み始めている。
隣を見る。
愛する人がいた。繋がれた手の感触が温かい。
「……ふふっ」
フィオナは、眠る夫の頬に指先で軽くタッチしてみた。こんなにも安堵しきった顔で眠るクレスが見られるのは自分だけ。フィオナにはそんな特別な優越感があった。クレスよりも先に目覚められたとき、彼のこの表情が見られることがとても幸せだった。いつまでもこうしていたいと思えるほどに。だから、夢のことなどすぐ頭から消えてしまっていた。
そっと彼の頬へと唇を近づけていくフィオナ――だったが、冒険者としての経験が長いクレスは、ふとしたことですぐに目を覚ましてしまう。
「…………ん? フィオナ……?」
「あ……ごめんなさい。起こしちゃいましたか……?」
「大丈夫……仕事で早起きしていたクセだね。フィオナもかな?」
「ふふ、そうかもしれません……。けれど今日は、もう少しだけ、こうしていませんか……?」
「……うん」
ささやくような会話。
お互いに再び目をつぶり、手を握り合いながら、穏やかなまどろみの中で至福の時を過ごす。
そのとき、クレスが一度は閉じたまぶたを大きく開いた。
「…………!」
クレスの顔が固まる。
するとフィオナもゆっくりまぶたを開いて、尋ねた。
「……クレスさん?」
「……フィオナ」
「は、はい。なんでしょう……?」
何かに驚いたままのクレスは、サラサラとしたフィオナの銀髪を軽く手で持ち上げた。
そして、つぶやく。
「……今、フィオナの髪が、聖女様のように煌めいていたような……」
「……え?」
二人は揃って上半身を起こす。
フィオナは長い髪を前に持ってきて、自身で見下ろした。触れてみても、普段と変わらない見慣れた銀色の髪に思えたが――
「……あっ!」
声を上げるフィオナ。
確かに今、銀髪が虹色のような輝きを放った。日の光を反射してのものではない。髪そのものに魔力が宿っているような輝きである。
二人は顔を見合わせる。
それは――聖女だけが持つプリズムヘアの輝きだった。
◇◆◇◆◇◆◇
その日の夕暮れ。聖都の鐘が鳴り響き、街が夜の時間へと変わる頃に、クレスとフィオナは聖城へとやってきた。今までであれば、運が良ければ公務の終わったソフィアと面会も可能な時間であったが……。
クレスが駆け足にフィオナの元へやってくる。
「アイス屋に話を訊いてきたが、先ほど街の人たちが話してくれたように、最近はてっきり聖女様を見かけなくなったそうだ。街に下りてくることもないらしい」
「そう、ですか……」
城が建つこの高台は定番のデートスポットであり、そこではフィオナも学生時代からお世話になっているアイス売りの屋台がいつも元気に商売をしている。時折、城を抜け出したソフィアが食べにくることがあるらしいのだが、最近は姿を見かけないと店主の談である。聖女様の自覚が出てきたのかね、なんてことを笑って話してくれた。
赤い夕陽が山の向こうへと沈んでいく中、城の衛兵に手紙のようなものを渡した子供が若い夫婦の元へ戻ってきて、衛兵に手を振り、三人は手を繋ぎ合って丘を下りていく。また、老齢の夫婦が大聖堂の方から出てくると、最後に揃って城へと祈りを捧げ、クレスたちのそばを過ぎ去っていった。
「……聖女様がご病気ではないかと憂慮し、手紙を持ってくる人や、祈りを捧げていく人が増えたそうだね。皆から、愛されているんだな」
クレスが夫婦らを見送りながらそうつぶやく。
フィオナは、片手で自身の胸元をきゅっと押さえた。
「……わたし、昨晩、夢を見たと思うんです」
「夢?」
突然のつぶやきに、クレスは少し驚きながら聞き返す。
フィオナは小さくうなずいて、赤く染まる山々を見つめながら続きを話す。
「ソフィアちゃんと、どこか綺麗な場所で会う夢……。内容は、よく覚えていないのですが、ちょっと、怖い感じだったような気もして……少し、胸がざわついて……」
「……フィオナ」
「前に、ソフィアちゃんが教えてくれたことがあるんです。夢は、魂を使って神様の世界へ旅行することなんだって。この大地に生きるすべての人は、いつも夢に導かれ、魂を救われている。シャーレ神さまの教えなんだそうです」
「神様の世界……か……」
「ふふっ、素敵なお話ですよね。だから、信者の方々は眠る前にはシャーレ神さまにお祈りするそうですよ。わたしも、小さな頃はよくそうしていました。せめて、夢の中でクレスさんに会えますようにって」
「そうだったのかい? な、なんだか気恥ずかしいな」
「えへへ……わたしも、ちょっぴり恥ずかしいです……」
笑い合う二人。
フィオナはふっと目を落として、自分の銀色の髪に触れた。
「今は元に戻っていますが……わたしの髪がプリズムヘアに変わったことと、ソフィアちゃんが表に出なくなったこと、そしてあの夢は、無関係ではないような気がするんです。それに……」
今度は、目元へと手を移すフィオナ。
以前から兆候はあった。
不可視の魔力を見通す力。本質を識る力。プリズムヘアと同じ“
それが、今朝からは時折勝手に発動している。
何かを知らせるように。求めるように。
「……行こう、フィオナ。出来れば、いつものようにお茶会を楽しみたいね」
「クレスさん……はい!」
二人は固く手を繋ぎ合って、衛兵の立つ正門へと歩を進めた。
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