第十一章 神域のラブファイト編

♯262 星々の世界

 クレスとフィオナの森のお店――『パフィ・ププラン』は、好評のうちにプレオープン期間を終了した。慌ただしくも楽しい、あっという間の毎日であった。

 既に常連となってくれた客や、正式なオープンが待ち遠しいと声を掛けてくる者も多くあり、クレスとフィオナにとっても手応えの残る結果となった。同時に今後に向けての課題もいくつか見つかり、現在はそれを解決するためにあれこれ思案する時期である。


 久しぶりに仕事もなく、日が暮れるまで二人きりでのんびりと休日を過ごしていたクレスとフィオナは、帳簿などをチェックしながら、自宅の居間で覚醒作用のない優しい紅茶を楽しみながら話をしていた。


「たくさんの方に喜んでいただけて、プレオープンは大成功でしたねっ! 売上げも十分ですし、これならやっていけそうです!」

「そうだね。男性客も増えてきて、より多くの人に受け入れてもらえているみたいだ」

「最初の頃に、聖女様――ソフィアちゃんが、お城の皆さんにもおすすめしてくれたみたいなんです。それで、聖職者の方や貴族の方にも広まったみたいで。ふふっ、お忍びで買いに来てくれたときは驚きましたよねっ」

「ああ。メイドさんの方まで変装していたのには驚いたな。この休みの間に、一度城へお礼に行こうか」

「はいっ! 最近は忙しいみたいで、もうずいぶん会えていませんし……ソフィアちゃんは甘い物が好きなので、差し入れを持っていきたいです!」


 嬉しそうに答えたフィオナは、カップを両手で包みこみながらつぶやく。


「えへへ……なんだか嬉しいですね。こういったお仕事で、街の皆さんのお役に立てるなんて、クレスさんと結婚する前は考えてもみませんでした」

「俺も、冒険や剣の道以外で自分に出来ることがあるとは知らなかったよ。これも君のおかげだ。ありがとうフィオナ」

「そ、そんなそんなっ。クレスさんが一緒にやってくれるからこそですよ? 今ではもう、わたしなんかよりクレスさんの方が生地作りはずぅっと上手ですし! クレスさんはやっぱりすごいですっ!」

「フィオナのクリームや焼きの技術あってこそさ。何度食べても飽きないからね。やはりフィオナはすごいと思うよ」

「いえいえクレスさんの方がっ――」

「いやフィオナの方が――」


 お互いを褒め合う内に、やがてどちらからともなく笑い出す。たくさんの人に満足してもらえる商品を作り出せたのは、二人の力があってこそだとお互いに感じていた。

 そして、さらにその先を目指す向上心が二人にはあった。


「商品をより良くしたいのはもちろんですけれど……目下一番の課題は、やっぱり人手不足でしょうか」


 寝間着姿で思案するフィオナに、クレスは腕を組みながらうなずいた。


「そうだね。これ以上レナに甘えるわけにもいかないし、出来れば知り合いに頼みたいところだが……ヴァーンもエステルも、とうぶん戻ってこられなさそうだからな」

「ふふっ、あちらも忙しいみたいですね。ルルさん、頑張っているみたいです!」

「ああ」


 二人の視線の先は、ベッドサイドの棚に置かれた一通の手紙。

 それは、亡国の公女ルルロッテがエルンストン女王国から送ってくれたもので、クレスとフィオナへのお礼、彼女の近況などがしたためられていた。

 エステルやヴァーンの手伝いもあって、なんとか女王から助力を得ることが出来たらしく、今はその歌声とドレスで祖国ヴェインスを知ってもらう活動をしているらしい。先は長く、今の季節でも雪が降っていてとても寒いけど頑張りますと、そう締められていたルルロッテの手紙からは、希望の力強さを感じられたクレスとフィオナである。おかげで自分たちも頑張ろうと思えたのだ。


 クレスは改めて思案した。


「出来れば俺たちと交流のある人を雇いたいが、リズリットさんも掛け持ちは難しいだろうし……募集をしてみるかい? アカデミーの生徒なんかは寮暮らしで働き口を求めている子も多いと聞くし、リズリットさんやレナの友人が引き受けてくれるかもしれない」

「そう……ですね。アカデミーは独り立ちのために早くからお仕事を見つけるカリキュラムもありますし……良いと思いますっ」


 クレスの案に納得の表情を浮かべるフィオナ。


 だが、すぐに彼女の表情が少しばかり曇った。


「? フィオナ?」

「とっても良い案だと思うんです。でも……」

「なんだい? 何でも言ってくれ。君との店を良くするためなら、俺も出来る限りの力になりたいんだ」


 そう言って、テーブルの上でフィオナの手を握るクレス。

 フィオナはなぜかちょっぴり恥ずかしそうに、ぼそぼそとつぶやいた。


「わたし……家族経営というものに憧れていて」

「家族経営……」

「は、はい。それに、あのお店はわたしたちで作った大切な居場所だから……もう少し、クレスさんと、二人だけで、そのぅ、がんばりたいかもって……思ったりも……しまして……」


 昔のクレスであれば、フィオナのこの発言の意図がよくわからなかったことだろう。

 二人とレナだけで働いていては休みも取りづらいし、効率が悪い。仕事の精度を高めてより安定した店舗運営をするために、人員の獲得は最も大切な要素の一つである。それをお互いにわかっているからこその話し合いだったはずだ。

 しかし、これまでの修行の成果で多少の乙女心を察する力を手に入れたクレスである。フィオナが何を言いたいのか、彼も理解したつもりでいた。


「――わかったよ。もう少し、二人で頑張ってみようか」

「え? い、いいんですか?」

「これでも体力には自信がある方だからね。それに、俺もフィオナと二人きりで働けるあの空間に魅力を感じている。いつも、君のことだけを見ていられるからね」


 フィオナは席を立ち上がり、クレスの元へ駆け寄って抱きついた。




  ◇◆◇◆◇◆◇




 ――その日、フィオナは不思議な夢を見た。


 美しい星々の世界。

 夜空に煌めく星明かりだけで、世界は美しく照らされていた。


 辺り一面には、もくもくとした白い雲のようなものが立ちこめていて、フィオナは小さな島のようなものに乗ってぷかぷかと浮いている。それはゆっくりとしたスピードでどこかへ進み、まるで、不思議な乗り物で空を旅しているような心地だった。よく周りを見てみると、同じような小さな浮島がいくつもあり、それらに墓標のようなものが立っていた。

 フィオナが不思議に思っていると、やがて目の前に一段と大きな浮島が見えてきた。その島は段々畑のように地上が重なっており、一番上から綺麗な水が川のように、滝のように流れ落ちてきている。さらに天辺には教会のような建物も存在していて、島中に花が咲き誇っており、とても綺麗な場所だった。フィオナが、ひょっとして天国かと思ってしまうほどに。


 そんなとき、フィオナは気付いた。

 その島の端の方で、こちらに大きく手を振る人物がいる。よく見れば、それは法衣を纏った聖女――そして自分の妹。ソフィアであった。


『ソフィアちゃーん!』


 フィオナも手を振り返す。久しぶりに話がしたかった。彼女に会えたことが嬉しかった。


 そんなフィオナに向けて、ソフィアは大声で何かを叫んでいる。しかしよく聞き取れない。

 フィオナの島が近づくにつれて、その声が聞こえるようになった。



『お姉ちゃん! 来ちゃダメッ!!』



 ――え?  



 どういう意味かとフィオナが考えたとき。



 耳元で、別の誰かがささやいた。




『――次の聖女は、貴女おまえよ』



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