♯258 小さくなっても大きなフィオナ(後編)
「ふぇっ!? う、うそ?」
義娘の突然の発言に、目を丸くして困惑するフィオナ。
レナはこくんとうなずいて続ける。
「うん。前にレナがきいたとき、おしえてくれたよね? こどものころは、レナと同じくらいだったって」
「……あっ」
レナの不意の発言で、当時の記憶を思い出すフィオナ。
それは初めてレナと一緒にお風呂に入ったとき。レナから訊かれたことがあったのだ。フィオナママは、子供の頃はどれくらいだったのかと。
あのときフィオナは、確かにそう答えてしまった。ちょっぴりの嘘を混ぜてしまったのだ。すべて真実で答えてしまっては、レナを傷つけることになってしまうかもしれない。だから誤魔化してしまった。しかし今、真実が白日の下にさらされている。
どうみても――フィオナは子供の頃から既に大きかった!
「レナ、ウソつかれるのキライ。だから、ちょっと傷ついたな」
「えっ」
「ウソつくオトナいっぱい見てきたから。フィオナママは、ウソとかつかないって思ってた……」
レナは目を伏せ、うつむき加減にそうつぶやいた。
見守るクレスはもちろんだが、当のフィオナはあまりの罪悪感にか、もはや自分が子供の姿になったことなどどうでもよくなったようで、慌ててレナの手を握る。
「ご、ご、ごめんねレナちゃんっ! レナちゃんを傷つけるつもりはなかったの! ほ、本当は子供の頃からちょっと大きくて……だけど、そう言ったらレナちゃんが落ち込んじゃうかもって思って……だから……ごめんね! ごめんなさい! それ以外は嘘じゃないよ!」
「……ほんと?」
「うん! 本当だよ! これからはもうレナちゃんに嘘なんてつかないよ! だから、だからフィオナママのこと……ゆ、許してくれる……?」
「…………」
レナはしばらく黙り込んで、それから小さくうなずいた。その反応にクレスもフィオナもホッと安堵する。
「わかった、いいよ。そのかわり、ちゃんとおしえてね」
「え? ちゃ、ちゃんと?」
「うん。どうやってこんなにおっぱい大きくなったのか。ちゃんと、ぜんぶ、つつみかくさずおしえて。あと、オトナのときとどれくらいちがうか、あとでいっぱいさわってたしかめさせてね。そしたら許してあげる」
先ほどの悲壮感溢れる姿はどこへやら、レナはニッコリと愛らしく微笑んでいた。幼くして巧みな小悪魔美少女ぶりにクレスは逆に感心していたほどだったが、フィオナはぷるぷる震えながらただうなずくしかなかった。
こうしてその晩、小さくなったフィオナはベッドの中で義娘に自分がどんなものを食べてどんな運動をしてきたのかなどを延々と話し続けたり、ずっと胸を触られ続けたりした。それがレナのためになるかどうかはわからなかったが、もう娘に嘘はつかない。そんな真摯な思いで恥ずかしいことも話し続け、ようやくレナからお許しを貰うことが出来た。そしてそんな話をすぐそばで聞いていたクレスは、なんだか落ち着かなくてなかなか眠ることが出来なかったのだった。
やがてレナが二人の間で眠ってくれたとき、落ち着きを取り戻した二人は窓から月明かりが差し込む中で会話を始めた。
「ご、ごめんなさいクレスさん……こんなことになっちゃうなんて……」
「いや、俺はいいんだが……フィオナこそ、お疲れ様……」
「は、はい……」
なんだか、ちょっぴり気まずい空気である。義娘に胸を触られ続けたフィオナも、それを見守っていたクレスも、少し目を合わせづらかったのだ。
レナの寝息がすぅすぅと聞こえる中、フィオナが小さな声でささやいた。
「……クレスさん」
「……ん?」
シーツの中で、フィオナの小さな手がクレスの手を握っていた。
「子供になるって……こんな感覚、なんですね。もう慣れてきましたけど、クレスさんも、きっとこんな不思議な気持ちだったんですよね」
「ああ。最初は、自分の身体とは思えないような違和感があって、上手く動けなかったくらいだった。だが、すぐに頭が理解してくれた。いや、思い出したというべきなのかな。人間とはすごいな」
「ふふ、そうですね。確かに小さかった頃を思い出しました。それに、こうやってクレスさんの手を握っていると……前よりも、もっと大きく感じられて……なんだか、ドキドキ、しちゃいます……」
「……フィオナ」
クレスが隣を見ると、フィオナはちょっぴり熱っぽい視線でクレスのことを見つめていた。子供の姿とはいえ、以前と何も変わらない妻の愛らしさに、クレスも彼女の手を優しく握り仕返した。
フィオナは、ちょっぴりいたずらめいた子供っぽい瞳をしてささやく。
「クレスさん。もしもわたしがこのまま大人に戻れなかったから、それでも、わたしのことを好きでいてくれますか? 一緒に、いてくれますか?」
クレスは即答した。
「当然だよ。俺は君を生涯愛すると誓って結婚した。たとえ身体が小さくなったとしても、フィオナはフィオナだ。ずっと愛しているよ、フィオナ」
「はゎぁ…………えへ、えへへへ…………♥」
嬉しそうにへにゃへにゃと笑うフィオナ。喜びが顔中からあふれ出ていた。
「……ありがとうございます、クレスさん。なんだか、今は言葉が欲しくなってしまって……わがまま、ですよね」
「女性にはちゃんと言葉で伝えろ。ヴァーンがよくそう教えてくれていたからね。我が儘なんかではないよ。俺はまだ鈍いから……足りなくなったら言ってくれ。いつでも応えるよ」
「クレスさん……」
ぎゅ、とお互いに手を握り合う二人。
お互いにしばらく見つめ合った後、どちらからともなく自然と顔を寄せ、唇を重ねた。
さらにフィオナは、その小さな手で、いつものようにクレスの頭をよしよしと撫でる。
「小さくなったわたしでも……この胸の想いは変わりません。わたしも、ずぅっと、あなたのことを愛しています」
「……小さくなっても、君は大きいね」
「ふふっ。いつだって、この胸はあなたでいっぱいなんですよ」
笑い合う二人。
義娘を間に挟みながら行われた夫婦のささやかなやりとりは、お互いの気持ちをさらに強く繋げてくれた。一つの言葉も必要なく、ただ見つめ合っているだけのその時間は、とても幸せで温かいものだった。それだけで、確かにお互いの魂が繋がっていると感じられた。
そんな最中、二人の間からぽつりと声が漏れる。
「――もう、おわり? えっちなことしないの?」
クレスとフィオナが、揃ってそちらへ目を向ける。
間に挟まれたレナが、興味津々とばかりにキラキラした目で二人を見上げていた。
クレスとフィオナは顔を見合わせて、おかしそうに笑い出した。
――レナが眠りについた後。
クレスとフィオナは、こっそりと家を抜け出して外の風呂小屋にいた。
そこでちょっぴり汗をかくことになってしまったので、急遽お湯を沸かしてから、幸福感に浸るように二人湯船で肩を寄せ合う。小窓からは湯気が外に流れていった。
「……クレスさん」
「うん?」
「わたし、そのぅ……だいぶ、汗をかいたと思うのですが……ど、どうでしょうか?」
クレスは、その発言の意図がわからずに少しだけ戸惑った。
だが、フィオナがチラッと自分の腹部の辺りに目を落としていたことから、彼女の言いたいことを理解し、少しおかしくなって笑った。
「今はまだ身体が小さくなっているから正確にはわからなかったが、先ほどよりも体重は落ちているよ。おそらく、元に戻ってもそれは変わらないだろう」
「ほ、本当ですか? よかったぁ! やっぱり、ダイエットには運動が一番ですよねっ」
ホッと安堵した表情を見せるフィオナ。汗をかけば体重が落ちるのは当然のことであるし、あくまでも一時的なものだが、クレスはそれ以上何も言わなかった。『乙女心』というものを自分なりに考えてのことである。
それからフィオナは、もじもじと恥ずかしそうにしながら上目遣いにつぶやいた。
「またわたしが太ってしまったら……“運動”に、付き合ってください……ね?」
クレスは、真面目な顔で大きく深くうなずいた。
マンネリ解消にも役立つというあの小さくなる薬は、二人にとっても大いに役立つことになるのだった――。
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