♯247 「フィオナママ、太った?」
クレス、フィオナ、レナの三人は揃って浴槽を上がり、簡易脱衣所である木板の上に立つ。近くの棚上に置いておいた『魔力灯』のカンテラに照らされつつ、フィオナがレナの身体を拭いていた。
「はい、レナちゃんしっかり拭けました♪」
「もう、自分でできるっていってるのに。次からはもういいよ」
「ええ~!? こ、これくらいはさせてほしいなっ。もうダメ? ダメかなぁ?」
「なんでそんなにやりたいの……はぁ。わかったからそういう目するのやめてってば」
「わぁい! ありがとうレナちゃん!」
「はぁ~……」
「ふふっ、それじゃあ次はクレスさんですね。お待たせしてしまってごめんなさい」
身体に薄い浴布だけを巻いたフィオナがタオルを持ってやってくるが、クレスは紳士として彼女から目を逸らす。浴布は肌が透けて見えてしまうためだ。これもいつものことではあるが、特にレナが一緒のときにフィオナをそういう目で見るわけにはいかない。
「それはいいんだが……フィオナ、その、俺もこういうことは自分で……」
「えっ……クレスさん、まで……?」
「すまない。ごめんなさい。やっぱりフィオナに任せます」
「はぁい♪」
一瞬だけ大きなショックを受けたように悲痛な面持ちとなったフィオナであったが、クレスが前言撤回するとすぐにまたニコニコ笑顔に戻ってクレスの身体を拭き始める。レナが「甘やかしすぎ」とつぶやき、目を閉じるクレスはまた「ごめんなさい」とだけ返した。
さんざん二人の世話を焼いた後で、ようやく自分の身体を拭き始めたフィオナ。首をかしげつつ、垂らした銀髪をタオルでポンポンと叩きながら優しく水分を取っていると、傍らのレナがじーっとフィオナのことを見つめていた。
フィオナがその視線に気付く。
「――レナちゃん? どうかしたの? 早く着替えないと、身体を冷やしちゃうよ」
「あのさ」
「うん? なぁに?」
着替えに袖を通していたクレスは、何事かと耳だけをそちらに向ける。
レナは言った。
「フィオナママ、太った?」
その一言に「――!?」と動揺したのはクレスの方である。
一瞬にして空気が凍りついたが、それを実感しているのはクレスだけだった。クレスがおそるおそる妻の方に目を向けると、髪を拭くポーズのまま固まっていたフィオナの手からはタオルが、身体からは浴布がはらりと落ち、レナがそれらを拾う。
首をかしげたまま、まばたきもしないフィオナの髪先からぽたっと水滴が落ちる。
「……え?」
「お店はじめて、甘いものたべすぎてるんじゃないの? いつも味見するしさ。ちょっとぷにぷにしてきた気がする。ほら」
そう言いながら、レナはフィオナの腰回りの肉をむにっと掴む。まったく大した量ではなかったが、フィオナは「はぁ……っ!」と息を呑むほどのショックを受けた。
フィオナがバッと素早くクレスの方を振り向く。クレスは同じタイミングで素早く顔を逸らした。
「ク、ク、クレスさんっ……わたし、ふ、太りましたか!?」
「い、いや、そんなことはないと思うが」
「クレスさん……本当ですか……? わたしのためを思ってくださるなら、どうか本当のことを……!」
「うう……!」
裸のフィオナにぐいぐいと詰め寄られて苦しげに眉を寄せるクレス。豊かな胸がクレスの身体に押しつけられていたが、フィオナはそれに気付かないほど動揺しているようだ。
クレスは知っていた。戦いの中で人体の構造を学び、少し手合わせをするだけで相手の体格や筋肉量をかなり正確に把握出来るクレスが、いつもそばにいる妻の体型の変化を見逃すことはない。何よりも、薬師であるセシリアの助言を受けてからたびたび“肉体接触”をしている以上、フィオナのスリーサイズどころか体重などバッチリ完璧にわかっているのである。フィオナも、おそらくそれをわかっているからこそクレスに尋ねているようだ。
しばしの葛藤の末、クレスは目を閉じたままボソッとつぶやく。
「…………ほんのわずかに……」
「はぅっ」
その返答に再び衝撃を受けるフィオナ。思わず胸を押さえながら自らのお腹に視線を落とした彼女は、涙目になりながら言う。
「どうしよう……どうしようどうしよう! やっぱり食べ過ぎかな? メニューやレシピを作るときにたくさん試食しちゃったから……うう、こ、このままじゃダメです!」
「えっ、フィ、フィオナ?」
「ダイエットです。ダイエットしなきゃ! このままぶくぶく太ってしまったら……ク、クレスさんに嫌われてしまいます!」
「い、いやフィオナ、何もそこまですることは。俺は嫌いになんて――」
「わかってないねクレスは。そういうことじゃないよ。ダイエットは女にとってのたたかいなんだよ」
「そうなのか!?」
「レナちゃんの言うとおりです! 油断は大敵! 若さにかまけて努力を怠ればすぐにしわ寄せがきます! 何か日常生活の中にもっと身体を動かせるものを……はっ、毎日走って買い出しにいけば!」
「フィ、フィオナ。違うんだ。いや、確かに君の体重は増えてはいるが、それは――」
「レナちゃんや将来の子供のためにも、情けない姿ではいられません! これもママ活の一つです! 待っていてくださいねクレスさんっ! すぐにぷにぷにを取ってみせます!」
拳を握って熱い意思表示をみせるフィオナ。こうなってしまった彼女はなかなか止められない。自分が裸であることにも気付いていないほどなのだ。
そこでクレスはレナに助力を頼むことにした。
「レ、レナ。一つお願いがあるんだ」
「え? なに?」
「俺が伝えるには少し……だから、レナの方からフィオナにこう伝えてもらえないだろうか」
クレスはしゃがみ込み、レナにある事実を耳打ちする。レナはそれを聞いて「ああ……なるほど……」とフィオナを見つめながら大いに納得した。そしてフィオナの手を引っ張りながら声を掛ける。
「ねぇ、フィオナママ。聞いて」
「待っててねレナちゃん! レナちゃんが自慢のママだって言えるように頑張るからね!」
「がんばらなくていいから。そもそもほとんど太ってないんだって。背がのびて、おっぱいが大きくなったせいだよ」
「……えっ?」
「フツーにせいちょうだよ。でしょ? クレス」
レナの言葉に、クレスはこくこくと素早く二回うなずく。そしてフィオナの方に背を向けながら話した。
「君はまだとても若い。成長して体重が増えるのは当たり前のことだよ。だから気にすることなど何もないんだ。むしろ、無理に痩せようとすれば成長の阻害になってしまう」
「クレスさん……そう、なんですか……? ただの、成長……?」
「ああ。だから本当に何も気に病むことはないんだ」
「そ、それじゃあクレスさんは、今のままのわたしでも、いいんですか……?」
「もちろん。それに……その」
クレスは背を向けたまま、少し照れくさそうに自分の口元に手を当てた。
「俺は、そのままの君が一番魅力的だと思うよ」
そんな彼の発言に、フィオナは口を開けたまましばらく言葉もなく固まり――やがてパァァッと表情を明るくして、服も着ないままクレスの背に抱きついた。その衝撃にクレスがちょっぴり前のめりに倒れかける。
「うわっ! フィ、フィオナ?」
「わかりましたっ! クレスさんがそう言ってくださるなら、無理なダイエットはやめますね。えへ、えへへへ♪」
「そ、そうか。それはよかった。しかしその、と、とりあえずまずは浴布を……」
「はぁい♪ えへへへへへ♪ わたしも、このままのクレスさんが一番好きです♥」
「あ、ありがとう。だが、この体勢は、ちょっと……」
「うふふふ♪ 成長するって素晴らしいことですね! ねぇレナちゃんっ」
幸せそうにニマニマしながら抱きつくフィオナだが、身動きの取れないクレスは立派に成長しているものを背中に押しつけられて苦悶。そんなイチャイチャ夫婦を見て、レナが小さくため息をついて呆れ顔を浮かべた。
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