♯242 公女様、ウェイトレスになる

 翌日は快晴。二日目のフードグランプリも大盛況となった。

 昨晩の『看板娘コンテスト』の影響はやはり大きく、出場者が看板娘を務める店はどこも大繁盛。特に優勝者ルーミアのパン屋『ポコット』は凄まじい人だかりとなったが、パンは朝からすぐに売り切れてしまって、焼くのにも手間と時間が掛かるため、売上げ的にはそれほど高くはならなかった。


 一方、昨日の売上げトップ3だった人気店たちは、長年聖都で愛されてきた実力と実績があり、引き続きの好調を保ったが、凄まじい勢いで追いかけてくる“ある店”に背筋を冷やした。


 それは、クレスとフィオナのスイーツ店『パフィ・ププラン』――ではなかった。


 人気がなかったわけではない。むしろフィオナのコンテストでの活躍で『パフィ・ププラン』へ訪れる客はさらに増加していた。

 そして、その客らは店の前にやってきて大変に驚くこととなる。

 なぜなら、せっかく店に来たのに看板は外されて閉店しており、その店先にこんな張り紙がされていたからだ。



『お客様へ。

 ご迷惑をお掛けしてすみません。当店『パフィ・ププラン』は二日目の営業を停止しております。

 代わりに、『シャトー・ル・クレ・ティアノーツ』さんで当店の各スイーツを販売しておりますので、お気軽にお越しください。是非、紅茶とスイーツのマリアージュを楽しんでいただけますと幸いです。

   店主 クレス&フィオナ』



 そこには移転先の場所も記されており、張り紙を見た者、噂を聞いた者たちは皆そちらへと駆けつけた。



 ――紅茶のお店、『シャトー・ル・クレ・ティアノーツ』。

 その店頭には、リズリットたちが作った『パフィ・ププラン』の看板も一緒に設置されている。

 店の近くの大広間では、老若男女問わず多くの客が紅茶とスイーツのセットメニューを楽しんでおり、たくさんの笑顔が咲いていた。そんな光景を見た者たちは、紅茶の香ばしい香り、スイーツの甘い誘惑から逃れることは叶わず、長い行列を作ったのである。


 その先頭に並ぶ小さな女の子が、目をキラキラさせながら言った。


「おねえちゃん! 『パフィ・ププラン』あるだけぜんぶください!」

「えっ? あ、あるだけぜんぶ!? えっと、あの、ごめんねっ。たくさんの人が並んでくれているから、今はお一人様全種類2セットずつまでなの」

「――チッ。なら2セットください! あとミルクティーも!」

「は、はい! 少々お待ちください!」


 いそいそと接客を続けるのはフィオナ。『パフィ・ププラン』全種類と紅茶のセットを二つ用意して、先頭のフードを被った女の子に手渡す。女の子は大量の『パフィ・ププラン』が入った箱と紅茶のカップを器用に抱えながらタタタッと去っていった。


 次の客をエステルがさばく中、そこへクレスがやってくる。


「もう百人は並んでいるようだ。フィオナ、良い作戦だったね」

「クレスさんっ。はい! 皆さん、とっても喜んでくれています。やっぱり、スイーツには紅茶が一緒に欲しいですよね♪」


 店の前の大広場は大勢の客で賑わっており、それぞれが紅茶とスイーツを一緒に楽しんでいる。しかしあまりにも多くの客が並んでいるため、クレスたちは休む暇もなく動きっぱなしであり、朝からてんてこまいだ。


「ふぇええぇ……! こ、こんなに紅茶を淹れたことないので、なんだか混乱してしまいそうです~!」

「落ち着いてリズリットちゃん。焦らずやれば大丈夫よ。執事さん、彼女のフォローをお願いします。フィオナちゃん、そろそろあちらも解凍しておきましょう」

「あ、はいっ! クレスさん、列はお任せしますね!」

「任せてくれ」


 それぞれの役目に専念する一同。店内ではフィオナとエステルの二人でスイーツ『パフィ・ププラン』を担当し、ルルロッテの執事とリズリットが二人で紅茶を担当。クレスとヴァーンが外で客の整理をして、セリーヌとレナがウェイトレスの衣装を着て動き回り、飲み終えたカップや『パフィ・ププラン』の包み紙などの後片付けや洗い物をしている。


 そして、三人目のウェイトレスもおぼんを手に抱え、美しい金髪と短めのスカートをなびかせながら懸命に働いていた。


「――え? とっても美味しかった、ですか? あ、ありがとうございました!」


 声を掛けてくれた母娘おやこに頭を下げ、顔を輝かせる。


 そんな彼女の頭に、乱暴に手を乗せる男が一人。


「よぉ、良いカオしてんじゃねぇかお姫様。その服も太股が見えていいな」

「わっ、ヴァ、ヴァーン様っ」

「だから様はいらねぇっての。にしてもよ、まさかコイツらもお姫様に頭下げさせてるとは思ってねぇだろうなァ。つーかお前、足痛めてんだからムリすんなよ」

「お、お気遣いありがとうございます。けれど、皆さまにばかり働かせて、わたくしが何もしないでいるわけにはまいりません。これくらいのことしか出来ませんが……わたくしも、お役に立ちます!」

「へぇ、なかなか根性あるじゃねぇか。お前、意外と冒険者に向いてる方かもな?」

「わたくしが……冒険者に? ふわぁっ」


 呆然としていると、頭をごしごしされて目をつむるルルロッテ。柔らかな金髪がくしゃっと跳ねてしまい、慌てて手ぐしで元に戻しながら、ルルロッテがつぶやいた。


「あの……それよりも、本当によろしいのでしょうか?」

「ア? 何が?」

「もちろん、お店のことです。まさか、二つの店を一つに合併させるなんて、考えてもいませんでしたから……」

「あー、そのこと。ま、クレスとフィオナちゃんがいいって言ってんだからいいんじゃね? つか提案したのフィオナちゃんだろ」

「そ、それはそうなのですが……でも、『シャトー・ル・クレ・ティアノーツ』がすべての売上げをいただくことになってしまうなんて……」


 おぼんで口元を隠しながら、客列をさばくフィオナたちの方に視線を向けるルルロッテ。


 昨晩、フィオナたちが立てた作戦というのがまさにこれであった。

 フードグランプリで良い結果を残し、表彰台にルルロッテを立たせる。そのために二つの店を一つにまとめることで、売上げを伸ばそうと考えたのだ。

 だが、合併するのなら当然どちらかの店は消えてしまう。せっかくの初日の売上げは意味をなくし、名前と商品を片方の店に譲り渡すことになってしまう。

 もちろんそれはフードグランプリの最中のことだけではあるが、普通の店はそんなことはしないし出来ない。店主にとって、店の名前と商品は命より大切なものであるからだ。

 だが、フィオナはそれを選んだ。

 彼女がどんな想いでクレスとの店を始めたのか、簡単な経緯はルルロッテも昨晩に聞いて知っている。知っているから、フィオナたちに申し訳ない気持ちだった。


「だからお前がンな顔すんじゃねぇっての」

「はうっ」


 また頭をがしがしされるルルロッテ。さっきよりも金髪が大いに乱れた。


「それより今は結果をだしな。んでお姫様が壇上で語る。そのための作戦だろーが。ソレを成功させんのがフィオナちゃんへの恩返しってもんだろ」

「ヴァーン様……はい、そう、ですよね……。――わかりました。わたくし、精一杯接客業を務めさせていただきます!」

「“仮面”はいらねぇか?」

仮面そんなものを被ったままでは、お客様にも、フィオナ様たちにも合わせる顔がありません!」


 片手をぎゅっと握りしめて宣言するルルロッテ。ヴァーンは子供みたいな顔でニッと笑った。


「へヘ、これならマジで優勝も狙えそうだぜ。よっしゃあお前ら! 気合い入れて稼ぎまくんぞ! 商売ってのも楽しいモンだなァ! ガッハッハッハ!」

「ちょっとヴァーンさん! お客さんの前で何言っちゃってんの! ほら働け働けー!」

「おじさんセクハラしてないではやくうごいて。かいしょうのない男に価値ないよ。おじさんみたいな人ぜったいヤダってアイネたちもクラスでよくいってるよ」

「うるせぇぞレナのガキンチョ! お前らあんまなめてっと大人の男ってモンを体にわからせてやんぞコラァァァぐへっ!?」


 レナに凄むヴァーンの後頭部に、回転しながら飛んできたおぼんがヒット。そのままべちゃっと顔から地面に倒れ込み、ルルロッテが短い悲鳴を上げた。


「……ヴァ、ヴァーン様? ご無事……ですか? ひゃっ」


 うつ伏せに倒れていたヴァーンはごろんと横に回転して仰向けになり、ルルロッテの顔を見て言った。


「あー、そういやァ昔に会った貴族の女も、海に行ったときのガキンチョ共もそんなの穿いてたなァ」

「え?」

「お嬢様ってのは意外と派手な下着つけてるよな。けどよ、接客時にそういうスケスケなエロいやつ止めた方がよくね? いやオレは好きだけどな」


 ルルロッテはしばらく意味がわからずに目をパチクリさせていたが、やがてハッと気付いて短いスカートを押さえ、顔を真っ赤にしながらおぼんを持った手を振り上げる。

 直後、すごい音と共に周囲の視線が一斉に集まるのだった。

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