♯240 亡き公女のためのマリアージュ
フィオナの言葉に、エステルが続く。
「姫殿下一人を犠牲にして成り立つ国に、それこそ価値はないでしょう。貴女のような
その問いに、フィオナが真っ先に手を挙げた。
「はい! わたしはやっぱりルルさんの歌が良いと思います! あの歌を聴いたら、みんなヴェインスに行きたくなる、知りたくなると思うんです!」
「じゃあ、あたしはやっぱりドレスかな。ヴェインスの生地はどれもモノが良いし、あたしの
「ああ、俺も二人の意見は良いと思う。事情を説明すれば、聖女様も何か協力してくれるんじゃないだろうか。祭りで人が集まっているのもちょうどいい。今日はもう遅いが、明日にでも動ければいいんだが……エステル、どうだろう?」
「そうね。明日のフェスタ閉会式でフードグランプリの結果発表があるわ。そこでなら、皆に話を聞いてもらえるんじゃないかしら。公女様の店が入賞していればなおさらね」
「あっ、それはいいですね! ルルさん、そうと決まれば明日も一緒に頑張りましょう! コンテストは終わりましたけれど、まだグランプリは続いてますよ! 優勝も狙えるかもしれません!」
「え、え、えっ……」
フィオナに手を握られたまま熱弁され、ルルロッテは困惑した。どんどん勝手に話が展開していく。執事の方に助けの視線を送ってみても、執事は口を挟むことなく静かに見守るのみだった。
それからも、ルルロッテを差し置いてあれこれと意見を交わし合うクレスたちを見つめて、ルルロッテは呆然とつぶやく。
「…………なぜ……?」
ルルロッテにとって、“勇者クレス”を手に入れることは最重要の命題である。
しかしそれは、今の自分には不可能だと彼女は考えた。
だから姉の力を借りた。
強気で、強引に、自分の足だけでどこまでも真っ直ぐに突き進んだ姉のようにならなければならなかった。そのために他のすべてを犠牲にする覚悟で“仮面”を被った。
クレスはともかく、フィオナたちはついさきほどまでステージ上で争っていた関係だ。ケンカをふっかけた相手だ。
それが、今は自分のために協力しようとしてくれている。ヴェインスのために力を貸してくれている。
「わたくしは……何も、してないのに……。さんざん、皆さまを……特に、フィオナ様に失礼なことをしたのに……」
「それが
「――!」
その言葉にルルロッテが振り返った。
「ヴァ、ヴァーン様……」
ずっと黙り込んでいたヴァーンが、呆れたような顔でフィオナたちを見つめる。
「アイツらもよ、
「……え?」
ヴァーンはルルロッテの隣に立ち、彼女を横目で見下ろしながら口角を上げて笑った。
「テメェの痛みはテメェにしかわかんねぇよな。だが、痛みを知ってるヤツってのは他人のソレに敏感になれる。特にあの子はよ、自分のことを覚えてるかどうかもわかんねぇ男のために命すら投げ出せる女だぜ。そりゃあ、お前の言ってた真の美しさってヤツかもな」
「あ……」
そこでヴァーンは、なんと公女の頭の手を置いてごしごしと乱暴に撫でた。いきなりのことにルルロッテが「はうっ!?」と声を上げる。
「お子ちゃまのくせに焦って男を探すと後悔するぜ。お前のねーちゃんが羨むくらいにもっとイイ男と結婚してみせろや。再興はそれからでも遅くねぇだろ」
「ヴァ、ヴァーン様……」
「ま、頭を使うようなメンドクセーことはお前らに任せるわ。オーイ! んじゃオレ様はどっかテキトーな店でバカ共と一杯やってくるぜ! なんかイイ作戦決まったらヨロシクな~!」
そのままひらひらと手を振って去って行くヴァーン。ルルロッテは「あっ……」と声を掛けそびれてしまった。
ぼぅっとした顔で自分の頭に手を置くルルロッテの元へ、エステルがため息まじりでやってくる。
「まったく、公女様が相手でも変わらない男ね……。大変失礼を致しました。あの男こそご無礼を働いたと思いますが、ご容赦ください」
「い、いえそんなことはっ……」
首を横に振りながら否定するルルロッテ。
それから彼女はしばらくエステルの顔を見つめて、言った。
「……あの。貴女がエステル様……でしょうか?」
「はい、そうですが…………あの男から、何か吹き込まれましたか?」
「あ、いえっ! あの、エステル様が、エルンストンの出身だと聞きましたもので……その……」
「……そういうことですか」
エステルはヴァーンの背中を見送りながら一度深く呼吸をして、クレスたちが話し合いを続けているのを確認した後、ルルロッテにだけ聞こえるように声のボリュームを下げて話した。
「公女様が聞きたいことではないかもしれませんが、少しだけ、昔話にお付き合いいただけますか?」
すると、ルルロッテは少しだけ間を置いてこくんと大きくうなずく。その目はちゃんとエステルを見つめていた。
「ありがとうございます」と微笑み、エステルは軽い口調で淡々と話す。
「私には、年子の妹がいました」
「妹様……」
「歌が得意な子でした。私も歌は好きですが、妹はそれ以上だったと思います。幼い日にヴェインスの歌劇団が街へ来たことがあって、その日のうちに妹と約束しました。将来は二人で歌劇団の歌手になって一緒に歌おう、なんて夢想です」
「まぁ、ヴェインスの歌劇団に……」
「はい。二人でヴェインスに留学しようと考えて。でも、枠に入れたのは私だけでした。だから私は国に願い出て、妹に枠を譲りました。もちろん、本当のことは教えていません。けれど、私よりもずっと明るく声の綺麗なあの子だから、きっと上手くいくと思いました。想像通り、あの子はすぐに頭角を現して、ヴェインスの学生歌劇団メンバーに選ばれたのです。久しぶりに帰ってきて嬉しそうに報告をしてくれたあの顔は、今も忘れません」
「……!」
そこまでの話を聞いて、ルルロッテは小さく身体を震わせ、すべてを理解したように目を伏せた。
「……申し訳、ありません……」
エステルは、小さくふるふると首を横に振った。
「公女様の責ではありません。エルンストンも、国の方針として争いに参加しないことを決めたのです。何より、すべては私の責任です。嘘をついてまで、あの子に夢を押しつけた、私の」
「エステル様……」
「……嫌になるほど、後悔しました。私はそんな自分に、国に、世界に嫌気が差し、冒険者になりました。もしもあの子が生きていたら、何も心配せず歌を楽しめるように。そんな世界が訪れるように」
二人の目が合う。
エステルは、穏やか表情で言った。
「公女様の『
エステルの表情にも、そして声にも、憐憫を求めるような意図はまったくなかった。
だから、ルルロッテも笑顔で答える。
「……はい。わたくしも、そう思います」
お互いに、柔らかく微笑み合う二人。
そこでセリーヌがぐーっと腕を伸ばしながら、わざとらしく声を挟んだ。
「あーあっ! あの生意気な小娘に最後に一言いってやろうと思ってきたのに、まさかの展開で文句の一つも言えなくなっちゃったわよ。それじゃあお姫様、ちょっとよろしいかしら? こちらで少し案をまとめてみました。ドレスならあたしが意地でなんとかしてみせます」
「え?」
すると、クレスとフィオナもルルロッテの前に立って話す。
「公女様。まずは話だけでも聞いていただけないでしょうか」
「お願いしますルルさんっ! あ、公女様にルルさんなんて呼ぶのは失礼ですよねっ? す、すすすみません! えっと、ルルロッテ様……で、いいのでしょうか……?」
ルルロッテは言葉もなく唖然と口を開いた。
公女ルルロッテの育った環境において、このように自分の心の中へ深く入り込んでくる者たちは姉をおいて他にはいなかった。特別な姉のような人間が、血の繋がった家族と同じような者が自分の前に現れるとは思っていなかった。
だから困惑し、どうしていいのかわからなくなり、やがて、そんな自分がおかしくなってきてしまった。
「……ふふっ。ふふ、ふふふふっ」
思わず、笑い声が漏れる。
ルルロッテは顔を上げ、クレスたちの元へ近づく。
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