♯238 ヴェインス公国第二公女
足を止めたヴァーンの背で、ルルロッテは静かな表情で話す。
「コンテストの会場で、わたくしの歌を聴いたことと思います。ヴェインスの特別なドレスを纏い、高めた魔力を歌声に乗せることで、ヴェインスの歌は魔術と化し強い効力を放ちます。習得は大変に難しく、わたくしのは不完全な歌ですが、高いレベルになると人の意識をコントロールしたり、力を限界まで強めたり、戦闘に生かすことも可能です」
「ほぉー。魔族でいう
「はい。相手は大魔族が指揮する大部隊だったそうです。聞いたところでは、大陸各地に秘密裏のダンジョンを造り、それらを繋げるという計画の最中だったとか。その国は、ダンジョン造成のための土地に選ばれてしまったようなのです」
「なんかどっかで聞いたような気のする話だが、そりゃあ相手もがっつり準備してたろうしな。粘り負けだな」
「そうですね、体力では魔族や魔物には叶いません。ずいぶん抵抗したようですが……やがて降伏を選び、その際、自分たちの国を守るため最後の手段に出たのです」
「あんまり良い予感がしねぇなァ」
ヴァーンが気だるそうにつぶやき、ルルロッテはちょっぴり苦笑いをしてから続きを口にした。
「魔族たちも恐れた歌劇団……その力を持つヴェインスへの侵攻を手伝うと。見返りに、自分たちの国を助けてほしいと、魔族たちに願い出たそうです」
「やっぱなァ」
「ここからは結論だけ申します。その国も、その魔族たちも、そしてヴェインスも滅びました。詳細は……ご想像にお任せしてよろしいでしょうか」
「うい。了解」
ヴァーンは軽くそう答えるとルルロッテを抱え直し、また夜の街を歩き始める。特にヴァーンの方から続きをせっつくような真似はしなかったし、彼が平然としていたからか、二人の間に気まずいような空気が流れることもなかった。
誰かに話したかったのか、聞いてもらいたかったのか、穏やかな表情のルルロッテは細々とした声で話を続ける。
「ヴェインスは滅びましたが、エルンストンに留学していたわたくしだけは生き残ってしまいました。以来、わたくしは執事と共にひっそりと暮らしておりましたが……そんな折、勇者様が魔王を討ち果たしたと聞き、姉様が、勇者様に憧れていたことを思い出したのです」
「ほう、姉ちゃんの方か」
「はい」
その返事は明るく、嬉しそうなものだった。
「幼い頃から、よく勇者様のことを話してくださいました。そのせいでしょうか。わたくしも、会ったこともない勇者様に憧れを抱くようになり……。そこで一つ、思いついてしまったのです。もしもわたくしが勇者様に見初められることがあれば、結ばれることがあれば、このドレスと歌声を証明に、君主として、再びヴェインスを興すことが出来るのではないかと」
「なるほどねぇ……。まぁ確かに“勇者”の旗印がありゃあ楽だろうが、別に一人でだって出来んじゃねぇか?」
「……不可能だと思います。ヴェインスの君主となるためには、正統なる血筋との婚姻関係が必須なのです。今のわたくしを貰ってくださる貴族様などおりません。それに……わたくし一人の力では、誰も、見向きもしないでしょう。わたくしがエルンストンに留学していたのは秘密裏のことですから、わたくしはもう、この世界に存在していないことになっているのです」
「なーる」
納得した様子のヴァーンは、やはり自分からそれ以上話を振るようなことはしなかった。あくまでも、ルルロッテの方から言葉が出るのを待っているように。
それからしばらくの間、二人はお互いに何も発言をしなかった。
やがて正門が見えたとき、馬車の前に立っていた執事がこちらに気付いて駆け寄ってくる。常に冷静な顔をしていた執事だったが、このときばかりは狼狽の様子が見てとれた。
「お、執事のおっちゃんが爆走してんぜ。やーれやれ、オレが問い詰められっかなぁ…………ン?」
ヴァーンが面倒くさそうにそう漏らすと、背後で槍を握るルルロッテの手に力が入った。
「……悔しいです」
最初は小さなつぶやきだった。
その声は、次第に強みを増す。
「悔しいの、です。わたくしは、ヴェインスのために何も出来なかった。何も残せなかった。そして今もなお、何一つ成すことが出来ていない」
彼女の声は、震えを、感情をより含み、さらに激しくなる。
「悔しいのです! 負けたくないのです! 強くなりたいのです!」
二人の元へ辿り着いた執事が、ヴァーンの背に乗るルルロッテの姿と声に立ち尽くす。
ルルロッテは握りしめた片方の拳で、ヴァーンの背中をどんどんと叩いた。
「知ってほしかった。堂々と優勝を飾り、仮面を脱ぎ、本当のわたくしを知ってほしかった。母様が遺してくれたドレスと歌声で、ヴェインスの誇りを示したかった。わたくしは、ここにいます!」
その叫びを、ヴァーンとの執事の二人だけが聞いていた。
ルルロッテの瞳からこぼれる涙が、ヴァーンの背に落ちて服を濡らした。
「わたくしは……ただ、生かされているだけです……。母様の……父様の……姉様の想いを……何も、叶えてあげられない……。家族のために……わたくしは、何も……出来ない……。それが、悔しいの、です……」
執事が、何も言わずにただ目を閉じた。
ヴァーンがつぶやく。
「少しはわかるぜ」
その言葉に、ルルロッテがキッと顔を上げた。そして持っていた槍をその場に放ると、ヴァーンの肩を大きく揺する。
「軽々しく慰めの言葉を掛けないでください! わたくしは国も、誇りも、家族もすべて失ったのです! あなたに何がわかるのですか! 多くの兄妹と、家族と、仲間と幸せに生きるあなたに、何がっ……!」
「……ワリィ。そうだな」
ヴァーンは一言だけ謝り、彼女を背から下ろすと靴と共に執事へと預けた。執事は黙って、槍を拾うヴァーンに深く頭を下げる。
するとそこへ、遠くから数名の人物が駆け寄ってきた。
「ル、ルルさぁ~~~ん!」
先頭で声を上げながら手を振るのは、フィオナ。
彼女の横にはクレス、そしてエステル、セリーヌの姿もあった。
フィオナはヴァーンたちの元へやってくると、膝に手を突いて上がった息を整えながら話す。
「よ、よかったぁ。ま、間に合い、ましたぁ」
「あなたは……どう、して……」
ルルロッテが涙が拭い、呆然とフィオナを見下ろす。
「ルルさんのステージが、とても素敵だったので、お、おはなしが、したくって」
フィオナはそう答え、ニッコリを微笑んだ。
エステルが、一歩前に足を踏み出す。
「……『ルル』さん。貴女は……」
エステルの瞳を見て、ルルロッテは少しだけ大きく目を開いた。
それからルルロッテは、静かに足を揃えて全員を見やった。
「……わたくしは、ヴェインス公国第二公女。『ルルロッテ・シトラエット・ニュ・ヴェインス』と申します。数々のご無礼、どうか、お許しください」
クレスとフィオナ、セリーヌはその言葉に呆然と立ち尽くした。
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