♯237 慣れないおんぶと慣れたおんぶ

 薄暗い路地裏を出たヴァーンは、ドレス姿の少女――ルルロッテを背に担ぎながら夜の街を歩くことになった。


「かっるいなァあんた。せっかくの祭りなんだからもっとがっつり喰って帰れや。んでオレの背中にぐいぐいおっぱい押しつけられるくらいになってくれると嬉しいわ」

「うう……申し訳ありません……」

「それ、足のことか? それともおっぱい?」

「ぜ、前者に決まっていますっ!」


 ヴァーンの背で顔を真っ赤にしながら答えるルルロッテ。ヴァーンは両手の指先に掛けた一足のハイヒールを揺らしながらくっくと笑った。


「オイ。それとその槍、大事なモンだから落とさず持っといてくれよ」

「は、はい。槍、というのは、ずいぶんと重たいものなのですね……」

「まぁな。つーかお嬢様がこんなヒールを履いたまま走んなよ。そりゃあ足くらいひねるだろ」

「か、返す言葉もありません……」


 赤らんだままの顔で声が小さくなっていくルルロッテ。

 あの後、なんとかして落ち着かせたルルロッテと共に正門前へ戻ろうとしたヴァーンであったが、男たちとぶつかって転んだ際に思いきり足をひねってしまったようで、仕方なくヴァーンが背負って戻ることになったのだ。ルルロッテが謝ったのはそのことについてであり、決して胸のサイズについてではない。


 二人きりでのんびりと歩く中、ルルロッテが小声でつぶやく。


「……わたくし、こうして殿方に背負っていただくなど初めてです……。ヴァーン様は、その、背負い慣れたご様子ですね……?」

「おう。こうやってお前さんをおんぶしてるとうちのガキ共を思い出すぜ」

「え? ヴァーン様には、お子様がいらっしゃるのですか? それにしては、お若く見えますが……」


 目をパチクリとさせるルルロッテ。

 ヴァーンは「様はやめろ様は」と挟んでから答えた。


「子供じゃねぇよ。兄妹のことだ。オレは長男で、下に弟と妹が二人ずついてな。ガキの頃はよくこうやって逃げ出したのを連れ戻したもんだぜ」

「そう、なのですね……。わたくしも、姉様にこうしてもらったことがありました……。けれど、もう……」


 ルルロッテの言葉はそこで止まり、しばらく無言の時間が流れる。

 ヴァーンは特に気に留めた様子もなく話した。


「さっきは、再興がどうとかって言ってたな。大方、戦争関係で没落した貴族のお嬢さんが、祖国のために“勇者様”を狙ってきたとかその辺か?」

「……!」


 ルルロッテがヴァーンの肩を掴んでいた手に力が入る。その反応だけでヴァーンはある程度のことを理解した。


「図星だろ? アイツ、結構その手の女に狙われてきたからな。いやぁ健気だねぇ」

「……鋭い方、ですね」

「オレの鋭さは天下一品だからな。んで、お前さんはこのまま帰っちまっていいのか? クレスたちに身分を明かして、事情くらい話していきゃいいじゃねぇか」


 ルルロッテは、ヴァーンには見えない背中でふるふると首を振った。


「それは出来ません」

「何でだよ?」

「わたくしが勝負に負けたからです」

「んあ? コンテストのことか? いや、あのままだったらあんたが勝ったろ。フィオナちゃんは失格したんだぜ?」

「いいえ。わたくしは負けました」


 ルルロッテは、ハッキリと強くそう断言した。


「……このドレスを最後まで着こなすことが出来ず、歌を止めてしまった時点で、もう、わたくしは負けていたのです。何よりも、ライバルであったはずのフィオナ様はわたくしを助けてくださいました。わたくしを捨て置けば勝てた勝負であるのに。見返りも、感謝も求めず。そのような真の美しさを持つ方を差し置いて優勝など、滑稽極まります」

「……ほぉ」


 ヴァーンは感心したような声を上げる。

 コツ、コツ、とヴァーンの足音だけが聞こえる中で、やがてルルロッテは小さな声でぽつりと語り始めた。


「……わたくしの故郷、ヴェインス公国は小さな国でした。それでも、歌とドレスの美しさではどこにも負けない、活気ある素晴らしい国でした。わたくしは、第一公女である姉様をお支えし、国を守ろうと、子供の頃からそう思っていました」

「おう。ずいぶん前にエステルと行ったことがあるぜ。ああ、エステルってのは人を殺しそうな冷たい目をしたあのクソヤベェツルペタの女な。こいつがエルンストンの出でよ。その帰りに寄ったんだわ。確かに小さいが、なかなか良い国だったぜ」

「……ご存じでしたか」

「ま、小さい割に“資源”が豊富な国ってのは狙われやすいからな。人にも魔族にもよ」

「…………」


 ルルロッテが、ぐっと息を呑む。

 ヴァーンは特段いつもと変わらぬ様子で平然と言った。


「別に話したくなきゃいいぜ。オレも大して興味はねぇからな。だが世間話で発散出来るモンもあんだろ。そんくらいは付き合ってやる」

「……世間話、ですか。そうですね。それも、良いかもしれません。小虫一匹に聞かれたところで、何も困ることはありませんから」

「言うねぇ」


 ニヤリと笑うヴァーン。ルルロッテも小さく笑いを漏らした。

 ちょっぴり空気が和んだところで、ルルロッテは先ほどより表情を柔らかくし、リラックスした様子で話した。


「我が国は、エルンストン女王国を始めいくつかの国と不可侵の協定を結び、交流をしておりました。その中のとある国に、年に一度、交流会として歌劇団をお送りしていたのです。大変に喜ばれていました」

「ああ、そりゃあ知ってるぜ。エルンストンにも来てたろ? 一度エステルのヤツに聞いたことあったな」

「はい。エルンストンは最も交流の多い国でしたから。ですが……ある年に送った歌劇団が、その国から戻ってくることはありませんでした」

「戦争か?」

「……はい」


 弱々しいうなずきは、ヴァーンも背で感じることが出来たようだった。


「その国は、巨大な湖の上に建つ美しい国でした。自然や魔力の豊かな土地は魔族にとって狙い目だったようで、人との戦争における中継地として襲われたそうです」

「なるほどな。お前さんの国の連中がたまたま運悪く巻き込まれちまったってとこか」

「いいえ。たまたまではありません」

「何?」

「その国は、魔族が攻め入ってくることを知っていたのです。しかし、十分に兵力を集めることが出来なかった。だから、ヴェインスの歌を利用したのです」


 ぴた、とヴァーンの足が止まった。


「戦争の、兵器として」

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