♯236 ガス抜きは大切です
「……あなたの言うとおりです。これが、本当のわたくしです」
金髪の少女――ルルロッテは自らの胸元に手を当て、目を伏せた。
「『ルル』は、姉様がわたくしを呼ぶときの愛称。姉様のように強い女性になりたくて被った、ブリキの仮面。今まで、誰にも気付かれることはありませんでした。よく、おわかりになりましたね……」
「ハッハッハ、まぁな。オレ様くらいになると女は見た目と声で九割方わかんだよ。残りの一割は抱きゃあわかる」
「だ、抱くっ!?」
「お、興味あるか? 聖都のガキ共見ててもわかるが、お嬢様っつーのは意外とそういうとこあんだよな。つっても、お前さんはあと二年は必要だなァ」
顎を手を当てて、ニマニマしながらルルロッテの全身をなめ回すように見つめるヴァーン。ルルロッテは思わず我が身を守るように抱きかかえ、後ずさりする。その顔が急速にかぁ~っと赤らんでいった。
「ふ、ふ、不埒ですっ! まさかあなたっ、そのつもりでここに……? わ、わたくしが一人になるのを見計らって……!? やややはり聖都は危険な街っ、『聖なる都』ではなく『性なる都』なのですね!」
「アァ? 何言ってんのお前? いやいやちげぇって。オレはガキには興味ねぇの。あーいや、ガキでもフィオナちゃんクラスに乳が成長してりゃあ興味はあるな。だから今のお前さんには――」
「な、な、なんて破廉恥な方……! 女を身体だけで判断しているなんて……わ、わたくしはあなたのような方を拒絶します! ち、近寄らないで! きゃあああ~~~~!」
「ハ? オイオイオイマジで待てやッ! だークソッなんで逃げんだよ! 何のためにオレ様が執事のいねぇタイミングで出てきてやったと……ああああクッソめんどくせぇぇぇぇ!」
一目散に路地裏へと走り去っていくルルロッテの背中に手を伸ばしていたヴァーンは、至極面倒くさそうにボリボリと頭を掻いて、それからため息をついて走り出した。
聖都は大変に治安の良い街である。おそらくは、大陸中の全国家の中でも最高のレベルであろう。それはやはり、『教会』と『聖女』という宗教的な組織によって成り立っている事実が大きい。
しかし犯罪が起こらないわけではない。
むしろ普段は教会の手によって高い秩序と安寧が保たれている分、羽目を外すことが出来ず、心の奥で燻った感情を抱える者たち(主に男性)は多い。たまにはその燻りを解消し、適度に心を燃やすため薪をくべてあげなければならないのだ。そのために、聖都では定期的にフェスタなどのイベントごとを執り行ったり、時には男女の仲を取り持つような催しをしたり、オトナ向けのお店をこっそりと街の片隅に用意していたりするのである。
そして今夜は、まさにその祭りの夜。
特に独身男性たちは燃え上がろうとしていた。
彼らの燻りとはすなわち――可愛い女の子と仲良くなりたいという純粋な想いである。
「俺はもうだめだ……いますぐに彼女を作る……ッ!」
「俺なんかいますぐにでも結婚してやるぜ……ッ!」
働き盛りの二人の男が大股で夜の路地裏を闊歩するほど、『看板娘コンテスト』の影響は大きかった。
出場者たちの美しい姿に加え、フィオナがあられもない姿を披露したり、《結魂式魔術》のドレスアップ効果で観客の女性たちまでもが一斉に下着姿になってしまった大事件。これは独身男性にとってあまりに刺激が強かった。
だからこそ、二人の青年はオトナ向けのお店へ向かっていた。急いで向かっていた。言葉と行動が噛み合っていなかったがそういうものだった。
その最中である。
「「うわっ!?」」
「きゃっ!?」
男たちは路地裏の角で足を止めた。
突然、ドレス姿の美しい少女がぶつかってきたからである。
勢いよくぶつかった少女はその場に尻もちをつき、男たちの方を見上げた。
刹那に、男たちの胸が高鳴った。
その少女は、あのコンテストのステージ上で輝いていた少女だった。まるで煌めく夜の蝶のようであり、男たちの意識を強く奪った。目が合うと、少女はびくっとわずかに震えた。
「あ……っ、ご、ごめんなさい……」
謝罪する少女。ずっと走っていたのか、彼女の呼吸は乱れ、その頬は火照っていた。
本来ならば、これで終わりのはずであった。こちらこそと謝罪してそそくさと立ち去り、手を差し伸べることも出来ないような男たちであった。
だが、この日は祭りの夜。
見目麗しい少女の存在は、モテない二人の男性の勇気を呼び起こすに十分だった。
二人の男は目を光らせ、同時に動いた。
「……俺と付き合ってくださいッ!」
「……俺と結婚してくれッ!」
先走った男たちが少女に手を伸ばそうとしたとき、二人は勢いよく前のめりに倒れ、顔から石畳にどちゃっと潰れた。少女が思わず短い悲鳴を上げる。
「――オイコラ。ンなとこで何やってんだ」
「「うげっ!? ヴァーンの兄貴ぃ!?」」
二人の男が鼻をさすりながら勢いよく振り返ると、そこには槍を持ったヴァーンが立っていた。
ヴァーンは男たちの臀部に槍の持ち手をぐいぐい押しつけると、ため息まじりにシッシと手を払った。
「この嬢ちゃんはてめぇらには荷が重ぇぞ。ナンパもいいが、まずはとっととガス抜きしてこい。早くしねぇとあそこはこれから激混みすんぞ」
「ひええ! あ、兄貴の知り合いすっか! そうとは知らず面目ない!」
「すんませんすんません! 俺らもう行きますっ!」
二人の青年は立ち上がると、そそくさと路地裏の奥へと消えていく。ずっと奥の方で、弱々しい魔力灯の光がぼんやりと怪しく灯っていた。
そして残されたのは、呆然とする少女とだるそうな顔のヴァーンである。
ヴァーンはその場にしゃがみ込み、目を細めて、膝の上に腕を乗せながら言った。
「だから逃げんなっつったろ。ったく、どうやらおてんばなのは演技じゃねぇみてぇだな」
そう言うヴァーンをじっと見上げる少女――ルルロッテは、小さな口をあんぐりと開けているしかなかった。
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