♯234 『看板娘コンテスト』結果発表

 ルルの歌が終わったことで、『看板娘コンテスト』の決勝におけるすべてのアピールが終了した。

 観客の長い拍手がようやく落ち着いた後――審査結果が発表される前に、フィオナは即時失格となった。

 フィオナの《結魂式魔術メル・ブライド》によって会場は大いに盛り上がり、ルルの歌をアシストすることは出来たが、その際、他の出場者ルルのドレスに手を掛けてしまったことが理由である。かつてのコンテストにおいて、ライバルのドレスに細工をしたり破損をさせた事件が起こった際に、他者のドレスに手を出せば即失格となるルールが制定されていたのだ。

 審査員の一人ウェンディからそのことを告げられたフィオナは、さすがにショックを受けてガーンと肩を落としたが、それでもあまり後悔した様子はなかった。その結果に不満を抱いた観客がブーイングをしたり、励ましの声を掛けてくれたからである。何より、クレスもこの結果に晴れやかな表情で手を叩いてくれていたのだ。


 その直後である。


「――あっ」とステージ上で声を上げるフィオナ。


 魔力が落ち着いたことで《ブライド》状態が解除された。

 美しかった朱のドレスは幻のように消え去り、フィオナは下着姿となった。


「きっ! き、き、きっ……きゃあぁぁぁぁ~!」


 思わずその場にしゃがみ込むフィオナ。脱ぎ捨てられていたアカデミーの制服を拾って前を隠す。審査員席から颯爽と駆けつけたクレスがすぐに自分の上着を掛けてくれたが、すべてを目撃した男性客たちからドカンと歓声が上がった。


 さらにである。


「えっ?」「ほあ?」「ちょっと!?」「なんで!?」「ええ~っ!」


 フィオナの魔術によってドレスアップしていた観客の女性たちもまた、《結魂式魔術》の効果が切れたことで次々に下着姿となってしまい、驚きの声や悲鳴が連鎖して会場はもう大騒ぎである。これにはクレスやフィオナも目を点にした。


「ちょっとちょっと! ほらこっちぃ!」


 ステージ袖のセリーヌたちが手招きしながら声を掛け、クレスがハッと気付く。


「さ、さぁフィオナこっちへ! とにかく着替えよう!」

「わぁぁんこのこと忘れてましたぁ! み、皆さんまで一緒に巻き込んじゃってごめんなさい! すみません! 本当にごめんなさいぁぁぁぁ~~~~い!」


 クレスに連れられ、全力で観客に謝りつつステージから消えていくフィオナ。だが多くの男性客からは絶賛の声と感謝の念が届いていたのだった。



 そんなこんなで控え室に向かったフィオナは急いで制服に着替え直すこととなり、クレスも慌てて審査員席へと戻っていった。


 もうフィオナたちしかいない控え室で、セリーヌが少々乱暴に椅子に座り、ため息をつく。


「はぁ~まさかの失格って……あんたホント何してんのよぉ! 早着替えの隠し球はすっごい良かったのに、余所のドレスにまで手ぇ出すなんて厳禁よ? あの子のドレスが破れたのはあたしもわかったけどさ、むしろチャンスじゃないの」

「うう、ご、ごめんなさい。でも、ドレスが破れたままではルルさんが歌えないと思って……」

「リ、リズはフィオナ先輩のしたこと尊敬しますっ! 例え恋のライバルでも、困った人を助けられる……それがフィオナ先輩なんですっ! す、すごいです!」

「ん。フィオナママは“おひとよし”だからね。そのおかげであの歌きけたし、クレスも、ママにほれなおしたんじゃない?」

「え? そ、そうかなぁ? リズもレナちゃんも、ありがとう。えへへ……」

「でもクレスいがいの人にああやって下着とかハダカ見せるのはやめたほうがいいとおもう。クセになってもこまるでしょ」

「わぁ~~~んしたくてしたんじゃないんだよぉレナちゃぁん~~~!」

「だ、大丈夫ですよフィオナ先輩! だ、だって下着も可愛かったですっ!」

「リズリットも忘れて~~~~~~!」


 涙目になるフィオナをからかって遊ぶレナと、慌ててフォローしようとするリズリット。

 セリーヌは呆れたようにまた大きな息を吐きながらも、隣のエステルと顔を見合わせてお互いに微笑した。


 それから落ち着いたところでセリーヌが腕を組みながら言う。


「けど、そうなると優勝はルルって子で決まりかしら。あのドレスであの歌聞かされちゃねぇ……。――あ、そういやエステルさん、あの子のこと何か知ってるの? あの歌も知ってるんでしょ?」


 セリーヌの視線に続き、フィオナたちもエステルの方を向く。

 ステージ袖であの歌を聴いたとき、エステルは涙をこぼして膝を突いた。セリーヌたちが介抱しても、しばらくは何も口にしないほど呆然としていたのだ。


 エステルは片腕を抱きながら、そっと目を閉じて答える。


「……ええ。けれど、その話は結果発表の後にしましょう。もしかしたら、ステージであの人自身が語ってくれるかもしれないから。そろそろ審査も終わる頃でしょう」

「あ、そ、そうですよねっ。一応、わたしたちも行きましょうか」


 着替え終えたフィオナがそう言って、皆が一様にうなずく。


 それから審査結果を見届けるためにステージ袖へと戻ってきたフィオナたちだが――


「あ、ちょうど始まるところみたいです! ……あれっ?」


 そこでおかしなことに気付くフィオナ。

 ステージに立つのは、二人の女性。そこに、ルルの姿はない。

 審査員長である聖女ソフィアがトロフィーを持ってステージ上に現れると、傍に控える専属メイドが聖女の口元に拡声器を近づけた。


『皆さま、お待たせ致しました。そして出場者の皆さま、大変お疲れ様でした。どの方もとても美しく、魅力的で、聖女として皆さまのことを自慢に思うばかりです。それでは、本年の『看板娘コンテスト』の審査結果を発表致します。本年の優勝者は……』


 キョロキョロと辺りを捜すフィオナ。だが、やはりルルの姿はない。


 そして、とうとう発表がなされる。



「……一番。パン工房『ポコット』の看板娘、『ルーミア・パオリエッラ』さんです!」



 会場から、どよめきと歓声が一緒になって上がる。

 フィオナたちは、「えっ」と声を合わせた。

 そして当の本人であるルーミアも、パン屋の制服のまま「えっ」と口を開けて呆然とした。


 聖女ソフィアよりさらに言葉が続けられる。


「なお、三番『フィオナ・リンドブルーム・アディエル』さんは規則違反により失格。四番『ルル』さんは棄権となります。これにて、『看板娘コンテスト』を終了致します。皆さま、コンテストを盛り上げていただき、誠にありがとうございます。翌日のフェスタも、どうぞお楽しみくださいませ。なお、優勝賞品は――」


 その後に続く言葉を、フィオナはもう聞いてはいなかった。


「ルルさんが…………棄権?」


 フィオナはすぐにまた辺りを見回して、そして気付いた。


 歌が終わったあの時から。

 フィオナの魔術が解けたことによって大騒ぎになったあの時から。


 ルルの姿を、一度も見ていないことに。

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