♯233 ヴェインスの至宝

 注目を一身に受けたフィオナは、前を向いたまま小声でつぶやいた。


「ルルさんの歌は、まだ、終わっていないんですよね?」


 後方のルルがびくっと反応し、驚いたような目でフィオナの背中を見た。

 フィオナは星の杖を両手で握ると、振り返って優しく微笑む。


「大丈夫、きっと最後まで歌えます。ルルさんが本当に伝えたいものを、すべて、みんなに届けましょう。わたしも、お手伝いします!」

「……っ!」


 再び前を向いたフィオナの全身に、淡い魔力の光が灯る。



「いきます――《ブライド》!」



 制服姿のフィオナは杖をバトンのように回して掲げると、そこに魔力を集中する。するとフィオナの頭部にクインフォ族の耳がぴょこんと現れ、魔力が爆発的に高まった。


 次の瞬間。

 白い光に包まれたフィオナの全身が――鮮烈な朱いドレス姿へと変わる。手に持っていた杖もまた、ブーケのように愛らしい花を纏う姿へと変貌した。


 宣言通り。一瞬の“早着替え”をしてみせたフィオナに、観客たちが大きな歓声を上げた。どのように着替えたのかわからない観客にとっては、まさに奇跡のような光景だっただろう。


 審査員席のクレス、そしてステージ袖のレナが目を見張る。


「あれは……! 以前より、さらに……!」

「フィオナママのドレス……前よりキレイっ!」


 二人だけがその姿を知っていた。

 だが、この日のフィオナはまた違った。

かつてクレスとの結婚式においてフィオナが着用した純白のウェディングドレス。自分が最も輝いたその瞬間のイメージを具現化したフィオナのドレスは、以前の《ブライド》状態では純白のものだった。

 しかし今は、より華やかな印象の朱色へと大胆な変化を遂げ、頭部には煌びやかなティアラとロングヴェール、唇には赤いルージュ、長い銀髪は毛先の方で一つにまとめられており、胸元はきめ細やかなレース作りに、足元の真紅のヒールと、普段のフィオナとは少々イメージの違う大人っぽいドレスへと仕上がっている。


 この光景にはさすがのルルも驚愕したのか、目を見開いてフィオナを見つめた。

 そしてぽつりと漏らす。


「……なんて……美しい、ドレス…………」


 こうして“変身”したフィオナは、さらにステージの前方へ進むと、


「このお祭りは、みんなのものです。みんなで作るお祭りです! だから……みなさんも一緒に、輝きましょう!」


 観客たちへ向けて、手元のブーケを放った。



「《メル・ブーケ》!」



 投げられたブーケの花々は、上空でポンポンポンッと音を立てながら増殖。それらがぶわっと風に舞うように広がり、花びらがシャワーのようになって観客席へと降り注いだ。

 すると、すぐに女性たちの驚きの声が上がる。

 なんと花びらに触れた女性たちの服までもが淡い光に包まれ、次々にドレス姿へと変化する。しかも一人一人デザインが異なり、それぞれが“特別な姿”になっていた。女性たちは驚き困惑しながらも、やがて歓喜し、そして笑顔になる。家族やパートナーの男性たちも女性たちに見惚れ、観客席は大きな賑わいに包まれた。


 フィオナがくるりと振り返り、ルルの元へと駆け寄る。


「ルルさんっ」

「……ぅ?」


 フィオナは困惑したままのルルの腕を掴むと、突然、ルルの首筋に軽い口づけをした。


「――っ!?」


 いきなりのことに動揺して素早く身を引くルル。その顔は紅潮し、目は泳いで、身体はぷるぷると震えていた。


「ぁ……ぅ…………!?!?」


 当然の困惑ぶりである。ルルは首に手を当てながら口をぱくぱくとさせていた。

 そんなルルに、フィオナは慌てて声を掛ける。


「あ、ご、ごめんなさい急に! あの、でも、もう大丈夫だと思います!」

「な……な……な……き、きすっ? わ、わわ、わたくしにっ? な、なにがだいじょうぶなので――あ」


 手を喉元に移動させて気付くルル。


「…………あれ? こえ、が……?」


 何度もまばたきをして、信じられない状況に戸惑うルル。

 フィオナはにっこりと微笑みながら近づき、そっとルルの手を取った。


「ルルさんの声には、魔力が宿っていますよね。とっても綺麗で、強い、想いの込められた魔力が。そして、ルルさんのドレスにも」

「……え」

「でも、だからこそ歌声に心が影響してしまう。ルルさんの気持ちが弱まれば歌は力を失い、言葉さえ紡げなくなる。わたしにも、似たようなことがありました。その“突っかかり”を、一時的にですがわたしの魔力で中和しました。今なら、ちゃんと最後まで歌えるはずです」

「うた、える?」

「はい♪ それと、勝手にで申し訳ないのですけど、破れたドレスも一時的に直してあります。わたしの魔力を拡散させたら元に戻ってしまいますけど、コンテストが終わるくらいまでなら持つはずです。だから、何も怖がる必要はないですよ」


 そう言われて、自身のドレスを見下ろすルル。先ほど破ってしまった部分に長いリボンがくっついており、見た目には破損がわからなくなっていた。


「さぁ、ルルさんっ!」

「え、あっ」


 フィオナはルルの手を引き、二人でステージの前方へと向かう。

 盛り上がっていた観客たちの視線が一斉にステージへと戻ってきた。タイミングよく、執事によるピアノの前奏が再び始める。


「え、えっ、え――!」


 まだ驚いたままのルルは、まず執事の方を見て、観客たちの方を見て、それから最後にフィオナの顔を見た。フィオナは、もう何も言わずに優しく微笑んで背中を押す。


 ルルはもう一度自分の喉に手を当てると――意を決したように前を向く。


 すぅ、と息を吸った。

 唇を開く。




《銀月に祈り捧げ、悲しみは解けゆく》



 《どれほどの刻が満ちても、わたしはここにいるから》



  《約束は、朽ちない》



   《永遠を誓う雪花、心、白く染めて》



    《いつまでも、あなたの隣で、咲き続けたい――》




 幻想の歌は最後まで観客を魅了し続け、温もりのある雪が降り止む。そして、大きな拍手によってアピールが終わった。


 鳴り止まない拍手を聴きながら、ルルは、静かにドレスの裾をつまみ上げて深く頭を下げた。

 しばらく、顔を上げることが出来なかった。

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