♯223 フィオナ、宣戦布告される

 一方、ステージ袖の控え室で出番を待つフィオナは、急遽衣装を提供してくれることになったセリーヌからあれこれと服についての指南を受けていた。こちらは更衣室も兼ねているため、男子禁制である。多くの女性たちが準備に追われる状況だ。


「そうそう。で、こっちを先に着ちゃって。アクセサリーはその後ね。お化粧もしたげるからこっち座って。ほら早く!」

「わ、わかりましたぁっ」

「リズは道具とアクセサリーの用意。髪飾りもね! レナちゃんはこれでフィオナの爪ピカピカにしたげて。エステルさんは髪お願いできる?」

「は、はいっ!」「ん、わかった」「了解よ」


 イスに腰掛け、言われるがままになるフィオナ。リズリットはセリーヌの鞄からあれこれと道具を取り出し、レナは真剣な眼差しでフィオナの爪を磨き、エステルが丁寧に髪を梳いてくれた。鏡に映るセリーヌも手を止まらせることなく働き、なんだか愉しげである。


「み、みんなありがとうございます。セリーヌさんも、急にこんなことになってしまってすみません」

「なんで謝るのよ。あたしはあんたに出てほしかった立場なんだから、むしろラッキーって感じっ。ていうか、こんなこともあろうかと前々からフィオナ用にこの衣装を用意してたんだしさ! ふっふーん、これでますますウチの宣伝になるわよ~♪」

「そ、そうだったんですか? ひょっとして、セリーヌさんは『看板娘コンテスト』になることを知っていたんですか?」


 フィオナが驚きながら尋ねると、セリーヌは鏡越しにパチンとウィンクをしてから答えた。


「まぁね。聖都の服飾店ブティックはほとんどがコンテストの協賛店だし、この日のために一年掛けて準備してる店も結構あるのよ。目立てば売れるからね。うちも今回は方々に衣装提供はしてるけど、こうやって直々にやったげるのはあんただけだからね。先輩に感謝しなさいよ~?」

「は、はい感謝していますっ! でも、あのぅ……どうしてあんなに衣装があるんですか?」


 鏡に映っているフィオナの背後――そこには多くのドレスが並ぶハンガーラックがあった。

 それぞれに色やデザイン、スタイルも異なり、見事に美しいものばかりである。フィオナの目にはなんだかキラキラと輝いてみえたほどだ。

 するとセリーヌは「あー」と苦笑いしながらリズリットからアイメイク用の道具を手に取る。


「そっかそっか、あんた今年まではこのコンテストに興味もなかっただろうし、急に参加することになったからよくわかってないのね。あのね、このコンテストって最初の予選を通過したら、次からは好きに衣装チェンジ出来るのよ。たくさん服がある方がそれだけアピールの幅が広がるから、みんなたくさん持ってきてるの」

「そうなんですか? あ……本当ですっ」

「審査員の好みとか、コンテストの対戦相手によって、コンセプトが被らないように変更することも出来るからね。みんな結構マジで来てるのよ。そゆことで、フィオナも気合い入れなさい?」

「は、はいっ!」


 周りを見回して納得するフィオナ。セリーヌがフィオナの顔を鏡の表面にぐいっと戻し、また化粧を続ける。


「ま、このあたしが思いっきり最高の美少女に仕上げてあげるから、優勝とクレスさんの視線をかっさらってきなさい!」

「セリーヌさん……は、はいっ! 頑張ります!」


 気合いを入れるフィオナを見て、セリーヌ、エステル、リズリット、レナの四人がそれぞれに笑い合う。



「――ふぅん、優勝ね」



 そこでそうつぶやきながら立ち上がったのは、フィオナの隣に座って化粧をしていた人物だった。

 背丈はフィオナと近く、年齢も同年代程度だろうが、初めて見かける女性であったため、おそらくは外の人間だろうと思われた。

 セミロングの艶めいた金髪は綺麗に光を反射し、花飾りのついたヘッドドレス。大胆に空いた胸元には光る宝石のネックレス。見事な刺繍の入ったエメラルドグリーンのドレスを身に纏う、大変に整った顔立ちの見目麗しい女性である。フィオナは思わず「はわ……」と感嘆の声を上げてしまった。


 何よりも――声が美しかった。


 透きとおるような。安心するような。柔らかく、耳にスゥっと入ってくる。たった一言のつぶやきが、フィオナを不意に魅了するほどだった。


 立ち上がった女性は、ぽかんと見上げているフィオナをジッと見下ろし、「フッ」と鼻で笑う。


着られてる・・・・・じゃない」


「えっ?」


 意味がよくわからずポカンとするフィオナに、その女性は片手を腰に当てながら前屈みになって目を細める。


「ね、あなた勇者クレス様の妻なんですって?」

「あっ、は、はい。そう、ですっ!」

「ふ~ん、顔はまぁまぁね。けどココが下品。何よりドレスのセンスがイマイチ。響いてこない。こんなんで優勝しようなんてレベル低すぎて笑っちゃう。あはっ」


 指先でフィオナの胸元を突く女性。フィオナは突然のことに呆然とするだけで何も反応が出来なかったが、その行為を咎めるように睨みつけたのはセリーヌ。女性は「あらこわいっ」とわざとらしい素振りで身を引き、可笑しそうに笑った。


「ま、いいわ。この程度ならルルが優勝してクレス様のハートはいただくわね」

「え? あ、あのっ?」

「仮にも勇者のお嫁さんなら、世界で一番の美女であるべきでしょ? こんなちんけなコンテストにも優勝出来ないような女なんて、クレス様にはふさわしくないの。そうでしょ? そうよね? だから、ルルが優勝したらクレス様はルルの物ね。そういうことでよろしく」

「え、え、えっ?」

「鈍くさいわね、“宣戦布告”よ。ま、どうせルルが優勝するんだけど、あなたも精々頑張れば? この素材にこの程度の三流デザイナーとドレスじゃムリだと思うけどね。ダサ女たちがいくら集結しても意味ないのに。あはっ!」


 フィオナだけでなく、セリーヌ、エステル、リズリット、レナのことも指を差してこき下ろした女性は「じゃね」と身を翻し、ひらひら手を振って出て行く。外に控えていたらしい年老いた執事の男性がこちらにペコリと頭を下げ、一緒にステージの方へ向かっていった。


 フィオナは未だに呆然としたまま、彼女が悠然と去っていった方を見つめていた。


「……え、ええっと…………あの方は……一体…………わぁっ!?」


 そんなフィオナの傍で、セリーヌが手に持っていたアイメイクの道具をバキッと手で折ったのだ。


「セ、セリーヌさん!? あれ? え、えっ?」


 周りを見回してフィオナが気付く。


「――フィオナ……」

「――フィオナちゃん……」

「――フィオナ先輩……」

「――フィオナママ……」


 セリーヌだけではない。エステル、リズリット、レナたちの表情が一様に恐ろしい。皆があの女性が出て行った方を見つめたまま、ゴゴゴゴゴゴという効果音でも付いていそうな形相で拳を握りしめながら叫んだ。



「あの女ぶっ潰すわよ!」

「あの女をぶっ潰しなさい!」

「あの人ぶっつぶしましょう!」

「あいつぶっつぶしちゃえ!」



 突然の過激発言に、「ええーっ!?」と驚きの声を上げるフィオナ。それからセリーヌたちはさらに恐ろしいほどの気合いを入れてフィオナの身支度を行い、それはもうフィオナが声を掛けられないほどの気迫であった。


「ど、どうしてこうなっちゃうんですかぁ~!」


 こうしてフィオナは、仲間たちの怒りのオーラを一身に受けて予選へと向かうことになってしまうのだった。

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