♯222 クレス、⑩点を付ける

 聖都が夕焼けに包まれた頃。

『フードバトルグランプリ』の初日が終わりを迎え、運営側により売上げトップ10の店が口頭と紙面で中間発表された。クレスとフィオナの店――『パフィ・ププラン』は初出店ながら第4位と健闘したものの、既に聖都で知らぬ者はいない人気店となっているトップ3が大変に手強い。


 ヴァーンは後頭部で手を組みながら、舌打ちをして歩き出す。


「チッ、4位だったか。ま、明日ハジけりゃ逆転出来るレベルだろ。後はあっちのコンテストでフィオナちゃんが脱ぎゃあ一発だぜ! ホントお前が脱ぐことにならなくてよかったなァガハハハ!」

「嬉しそうに肩を叩かないでくれる不快だわ今すぐ全財産を私に残して死んで生まれ変わってまた私に永遠に貢ぎなさい」

「来世まで搾り取ろうとかテメェは鬼か!?」

「これ以上ない譲歩よ。それより、上ばかり見ていると下に足をすくわれるかもしれないわよ」

「下だぁ? 5位以下の店ってことか? んなモンは気にしても仕方ねぇんだよ。男は上だけ見てりゃいいんだ。さぁフィオナちゃんの大勝利を刮目すんぞ! ワーッハッハッハ!」


 高笑いしながら買ったばかりの酒を抱え、人混みを抜けていくヴァーン。エステルは何も言うまいとばかりに軽く頭を振ってため息をついた。

 コンテストに出場するフィオナと、その付き添いであるクレス、リズリットの二人は既にあちらの会場で準備を行っている。ゆえにヴァーンとエステルが初日の結果を見に来たわけだが……エステルには少々気になるところがあった。


「……『シャトー・ル・クレ・ティアノーツ』ね」


 手元の紙に記された、第8位の店名。『パフィ・ププラン』と同じく初出店の店舗だ。

 にもかかわらず優秀な結果を残しているのは、この店が紅茶の提供にのみ特化した飲食店であり、近くに座って休める大広場があったことで、他の店で腹を満たした者たちが帰り際にこぞって立ち寄ったことが大きいようである。デザート需要に特化した『パフィ・ププラン』と同じく、食後の一杯にのみ狙いを絞った販売戦略、飲み物ゆえの回転率の高さ、紅茶好きのリズリットも認めた本格的な味。すべてがよく出来ている。エステルも一杯味わったが、各地でティーを楽しんできた彼女でも満足出来る品だった。

 そして――


「この店名……聞き覚えが……。それに、あの味は、昔どこかで……」


 子どもの頃――故郷での記憶に何かの引っかかりを覚えるエステル。

 しかしその場で引っかかりを取り除くことは出来ず、エステルは少々もどかしい思いをしながらコンテスト会場へ歩を進めた――のだが、背の低い彼女は人混みの中でもみくちゃになり、方向を見失って、戻ってきたヴァーンに引っ張り上げてもらうまでちょっとした迷子気分を味わうことになるのだった。



◇◆◇◆◇◆◇



 空が暗くなり、聖都に魔力灯の光が灯り始めた頃。いよいよ『看板娘コンテスト』が始まった。

 会場は聖都中央の大広場。特設ステージの上には各店舗の女性店員が順番に現れ、自慢のドレスなど、それぞれ華々しい衣装に身を包んだ姿を披露している。そんなステージ前の屋外には多くのテーブルとイスが用意され、観客はそれぞれにグランプリでのメニューを食べたり酒を飲んだりしながらコンテストを楽しんでいた。

 若い店舗ではやはり若い女性店員が出場することが多いが、老舗になると相応に年を重ねた女性が出場することもあるようだ。男性だけの店は特例として女装での出場が認められており、良くも悪くも目立つことが出来て、そういうところにも遊び心のあるコンテストである。


 そしてそのコンテストの予選――最前列の審査員席には、⑩の満点札を掲げる勇者クレスの姿があった!


「な、なぜ俺が審査員を……!?」

「うふふ、よろしいではありませんかクレス様。あなた様の姿があることで、出場者の皆さんの士気も向上されているご様子。どうか、わたくしたちを助けると思ってご助力いただきたいのです」


 クレスの隣でたおやかに微笑む法衣姿の美しい女性――聖女ソフィアは、人前用の聖女モードで彼と接していた。クレスの登場で会場はさらに盛り上がっており、⑩点を付けられた出場者も大いに喜んでくれている。


 なお、審査員席には他にも商店会長の無言な大男モロゾフ、歴代聖女の法衣を手がけてきた一族の末裔である厳しい女性デザイナーのウェンディ、そして大司教代理レミウスの姿まであった。しかもモロゾフは猛獣ベアのような着ぐるみ姿、ウェンディは出場者と同等以上の派手すぎるドレス、レミウスは冬の聖夜にプレゼントを配るという御伽噺の老人が着る赤いモコモコ衣装を纏っていた。


(……俺だけが浮いているような……!?)


 なかなかに濃い面子が厳しい判定を続ける中、そこに放り込まれたクレスはそんなことを感じながら肩身が狭い思いでまた⑩点札を上げる。フィオナを応援に来ただけなのに、途中でソフィアに捕まってしまったばかりにこんなことになってしまった。


「クレス様、また⑩点です。うふふ、お優しいのですね」

「うぅむ……その、俺には女性の美に点数をつけられるような審美眼は……」

「クレス様の素直なお気持ちのみで結構です。それに……」


 そこで聖女ソフィアがこそこそっとクレスに耳打ちをする。


「この特等席でフィオナちゃんのドレス姿が見られるんだよっ。セリーヌさん自慢の新作なんだって言ってた! 審査が進んだら水着姿もあるみたいだよ~? 一緒に応援しよっ!」

「――っ!」


 そのささやきにクレスがカッと目を見開く。

 こうしてクレスはそのまま予選の審査を続けることになったが、女性に点数を付けて比べる行為がどうしても出来ず、真面目な顔でひたすら⑩点の札を上げ続けることとなり、他の審査員からキツイ洗礼を受ける出場者たちの心の救いとなるのであった。

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