♯221 看板娘コンテスト

 フードフェスタの開催期間は、聖都の休日に制定されている二日間。

 各商店が売上金額を競う目玉企画の『フードバトルグランプリ』は両日共に行われ、『ミス・コンテスト』は初日の夜に開催される。ミスコンがこのタイミングで行われるのは、たとえ初日に売上げの振るわなかった店でも、コンテストで目立つことによって二日目に逆転することも可能となる、という運営側の配慮によるものだ。そのため、ミスコンに出場する予定の各商店の看板娘たちは例年大いに気合いを入れているのである。実際、ミスコンの結果で二日目が大荒れの逆転劇になったことも過去に何度もあった。


 だからこそ、ヴァーンはそんな発言をしたのであるが……。

 フィオナはちょっぴり気まずそうに口を開く。


「ええっと……あの、ヴァーンさん。わたしは出られないんです……」

「ん、オイオイ何でだよ? フィオナちゃんが出なくてどーすんだ?」

「『ミス・コンテスト』ですから。結婚しているわたしは、出場出来ないんです。だからそのぉ、今回はコンテストの方は諦めるつもりだったんです……」

「ハ?」


 言われてそのことに気付くヴァーン。彼の視線がクレスの方に向くと、話が聞こえていたクレスもこくんとうなずきで応えた。

『ミス・コンテスト』とは、独身女性の美しさを競うためのイベントである。そのため、フィオナはもう出場権を持っていないのだ。

 ヴァーンは呆然としながら言う。


「……オイオイオイオーイ! 諦める!? マジかよ!? ミスコンの効果でけぇぞ!? オレはてっきりフィオナちゃんがミスコンで優勝かっさらって逆転すんのを想像してたってのによ!」

「はぁ。無知な男は哀れね」


 そこで彼の隣に現れたのは、クレスと交替する形で休憩に入ったエステル。彼女は女性に人気の栄養たっぷりフルーツ『アイミー』のドリンクに口を付けてから、髪を払ってちょっと気取ったポーズを取った。


「仕方がないわ。ここは私が店のために一肌脱いで――」

「ほらみろォ! フィオナちゃんが出ねぇとこの雪女が出ることになっちまうぞ! 水着審査もあんだろ!? こんなペタペタのド貧乳チビ出してみろ! 会場総スカンでオレらの店は終わりだぜッ! 賞金も台無しだクソがッ!」


 本気でがっかりしながら、エステルの薄い胸を指でツンツンと突っつくヴァーン。それから彼は立ち上がってリズリットの方へ駆け寄り、リズリットの肩を掴んだ。


「こうなったらリズリットちゃんだ! リズリットちゃんの将来性で勝利を勝ち取るしかねぇ! リズリットちゃん! オレらのために脱いでくれッ!」

「ぴえぇぇ!? リ、リリリズがですか!? そそそそそんなのぜったいムリで――ぴぎゃ~~~~!」


 ヴァーンの背後――静かなエステルの顔を見て悲鳴を上げるリズリット。

 いつの間にかヴァーンの全身は凍りついており、エステルは彼を無言で蹴り倒しながら店の裏へと連れて行くと、そちらから「ンギャァー!」とヴァーンの悲鳴が聞こえてきた。クレスやフィオナは慣れたものだが、リズリットは青い顔でぷるぷると震えていた。


 やがて二人が裏から戻ってくる。エステルはいつも通りの涼しい顔で手を叩いていたが、ヴァーンの方は顔中がボコボコに腫れ上がっており、そこにちっこい氷の塊を押し当てて冷やしていた。それを見てまた短い悲鳴を上げるリズリットである。


 店番を担当していたクレスが何事もなかったかのようにつぶやく。


「うーむ。エステルは美しい女性だと思うが、しかし、俺たちの店のためにそこまでしてもらうのは悪いな。それに、出場者は正式な店員ではなくてはならなかったはずだ」

「そうですね、クレスさん。エステルさんはとってもとっても美人ですけれど、わたしたちの都合に巻き込んでしまうのは申し訳ないです。エステルさん、お気持ちだけ受け取らせてくださいっ」

「……そ、そう? そんなに遠慮しなくても良いのだけれど……」


 腕を組みながらそうつぶやくエステル。珍しくちょっぴり口元が緩んでいた。


 そんなときである。



「――問題ございません」



 突然挟み込まれた凜とした声に、クレスたち一同がそれぞれに驚愕の声を上げる。


「あっ、ソフィアちゃ――聖女様のメイドさん!」


 と呼んだのはフィオナ。すると、聖女専属の優秀な黒髪のメイドはエプロンドレスに手を添えながら恭しく頭を下げた。


「驚かせてしまいまして、申し訳ございません。各店舗のチェックをして回っておりましたところ、ヴァーン様の声が聞こえてまいりましたもので。ご助言出来ればと」

「おお、そ、そうだったのか。その、助言というのは?」


 クレスの問いに、メイドが広場の方を手で示しながら淡々と答える。


「『ミス・コンテスト』ですが、歴史の長い店などは未婚の女性店員がいないことも多く、既婚女性が出場出来ないのはフードフェスタの自由な意志に反するというお声が近年増えておりまして。そこで、本年度からは『ミス・コンテスト』を改め、『看板娘コンテスト』として開催されることとなっております」


「看板娘コンテスト?」と全員の声が揃った。


「はい。ですのでフィオナ様も問題なくご出場することが出来ます。申し込み時間はもうしばらく余裕がございますので、よろしければ。それでは――」


 メイドは最後にまた頭を下げ、それからスタスタと歩き去って行く。

 クレスたちはそれぞれに顔を見合わせて、やがてヴァーンが「よっしゃああああ!」と拳を握りしめて立ち上がった。


「フィオナちゃんが出られるなら勝ちは貰ったな! さっそくセリーヌちゃんにエロい衣装提供してもらおうぜッ!」

「え、ええ~! で、でもわたしそういうつもりはっ」

「フィオナちゃん。せっかくの機会だし、店の大きなアピールになるのだから、出てみてもいいんじゃないかしら。やはり、この店の『看板娘』は貴女よ」

「エ、エステルさん……」

「それに、勇者のお嫁さんとして姿を披露する良い機会でもあると思うわ。聖都の人は皆知っているけれど、他国から来た人たちは勇者のお嫁さんを見たことなどないはずよ」

「あ……そう、ですよね……」


 エステルの発言に納得の表情を向けるフィオナ。実際、先ほどから店に来る客の中には、クレスに握手やサインを求める女性なども時折存在した。一部の者は、クレスが結婚していることを初めて知って驚いた者もいたのである。


そこで、エステルがフィオナにこっそり耳打ちをする。


「お客さんにも、クーちゃん目当てに来ていた人がそれなりにいたでしょう? ここでキッチリ嫁アピールをしておくのも大事なことよ。この人には私がいますと、こんなに魅力的な女がそばにいるのだと、堂々と発表するの。いっきにライバルを潰せるわよ」

「ラ、ライバル……!」

「ふふ、やる気が出たみたいね」


 耳打ちを終えるエステル。彼女の言う通り、既にフィオナは眉尻をピンと上げてやる気ましましになっていた。これにはクレスやヴァーン、リズリットが不思議そうな顔をする。


 果たして、フィオナはぐっと拳を握りしめて宣言する。


「――わかりました。わたし、コンテストに出場しまぁすっ!」


 こうして、急遽フィオナのミスコン――もとい『看板娘コンテスト』への出場が決まるのであった。

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