♯224 正妻の余裕
コンテストの予選は熱い盛り上がりの中で終了した。
セリーヌたちがそれはもう気合いを入れまくっただけあり、ラストにフィオナが登場したときなどは会場は大いに盛り上がり、厳しかった審査員たちもかなりの高得点を付け(もちろんクレスは⑩点である)、結果、フィオナは出場者中トップの点数で見事予選を突破。16名だけの本選へ駒を進めた。
そんな予選において、フィオナと同じトップの点数と盛り上がりを見せた強者がもう一人いる。
――『ルル』
参加者一覧に記されたのはその名前のみ。おそらくは愛称で、本名などは不明。
フィオナたちも舞台袖から一部始終を目撃したが、フィオナに宣戦布告を突きつけたその少女――『ルル』のパフォーマンスは大変に見事なものだった。
美しい歩き方と姿勢、ドレスの魅せ方、そして観客への笑顔。すべての所作に気品があり、誰もが見惚れるほどの高貴なカリスマ性があった。煌びやかなドレスに決して負けない本人の魅力がにじみ出ており、まるで本物のお姫様のようだと、フィオナはつい手を合わせて目を輝かせたのだ。
「――はぁ~……ルルさん、本当にお綺麗でした! ひょっとして、貴族の方なのでしょうか? この街の方ではないと思うのですけど、どちらからいらしたんでしょう……またお話してみたいですっ!」
本選までの休憩時間。ドレス姿のままのフィオナは、ステージ近くの屋外テーブルでクレスたちと並び夕食をとっていた。しかしメイクをした状態なので、せっかくのおめかしが崩れないよう簡単な飲み物だけで済ませている。何よりも、お腹いっぱいの状態で本選に臨むわけにはいかなかった。
一方で何も気にする必要がなくバクバク喰いまくっているヴァーンが、ステーキにずぶっとフォークを刺して持ち上げる。
「だからよォフィオナちゃん、ライバルを褒めてどーすんだっての! あの女に不倫宣言されたんだろ? もっとぶち上げていく気概を持とうぜ! んがっ!」
口にステーキを突っ込んでもごもごするヴァーン。
すると、そんな彼の声に女性陣が続く。
「そうよ、フィオナちゃん。ああいう外面だけの美人が一番タチが悪いのは明白なこと。公衆の面前で吠え面を掻かせ、泣くまで謝らせましょう」
「だぁれが三流デザイナーですってぇ……このあたしのドレスをイマイチだってこき下ろしたこと後悔させてやるわ! いいわねフィオナ、絶対に優勝してあの女の鼻を明かしてやるのよッ!」
「リ、リズはたしかにダサダサのダサ女ですけど……フィオナ先輩を馬鹿にされるのは許せませんっ!」
「フィオナママ。ね? 言ったとおりライバルでてきたでしょ? ああいう調子にのってる女はこてんぱんにしよう。クレスをまもるためだから、えんりょいらないよ」
「あ、あはは……手厳しいですね……」
「「「「当然!」」」」
声を揃える四人の乙女に、苦笑いを浮かべるフィオナ。足を組んで冷酒を飲むエステルも、本選用のティアラを改良するセリーヌも、珍しく機嫌を損ねた様子のリズリットも、シュッシュと可愛いパンチの素振りをしてみせるレナも、なかなかの憤慨ぶりのようである。ヴァーンだけはクックと愉しそうに笑っていた。
そこでセリーヌが立ち上がり、手直ししたティアラをフィオナの頭にかざしながら話す。
「よし、なかなかいいかな。ていうかさぁ、なんであんたは怒ってないのよ。面と向かって毒を吐かれたのはあんたなのよ? いやまぁあたしも大概言われたけど!」
「そうね……フィオナちゃん、ずいぶん落ち着いているようだけれど、何か策でもあるのかしら」
「フィオナ先輩っ、ク、クレスさんをとられちゃうかもなんですよっ?」
「そうだよフィオナママ。もっと本気でやろう」
「え? ええっと……」
四人が身を乗り出してきて、つい身を引いてしまうフィオナ。
「そ、そうですね。でも……」
「「「「でも?」」」」
「負けないと、思いますから」
ぽろっと出たフィオナのその発言に、セリーヌたちが『おおっ?』と感心を寄せる。
するとフィオナは慌てて前で手を振り、言葉を付け足した。
「あっ、ゆ、優勝する自信があるってことじゃないですよ! わたしはルルさんみたいにあんな素敵なパフォーマンスは出来ませんし、ドレスの魅せ方だって理解出来ていませんし、作戦なんてないですし……全部、セリーヌさんたちに頼りきりなので……」
「? だったら何に負けないって言うの?」
ひょこっと首をかしげたセリーヌの疑問に、フィオナは隣のクレスの方を見て答えた。
「……クレスさんを愛する気持ち、ですっ!」
フィオナの顔が、ほんのりと赤く染まる。
「ク、クレスさんのお嫁さんはわたしだけですからっ! この気持ちは誰にも負けません! だからきっと、大丈夫、です! はいっ!」
なかなか大胆な宣言をするフィオナ。
当然その声は周囲のテーブルにも届いており、ちょっとの間を置いてパチパチと拍手が飛んできて「あ、す、すみませんっ」と紅潮した顔でペコペコするフィオナである。
皆がぽかんと言葉を失っている中、クレスがそっとフィオナの手を握った。
「ありがとう、フィオナ。俺も君を愛する気持ちなら誰にも負けないし、その想いが君以外の女性に向くことはない。だから何も心配ない。それに、俺にはステージでも君が一番綺麗に輝いて見えたよ。贔屓などなく、最高得点だ」
「え、えへへっ。ありがとうございますクレスさんっ! でもでも、せっかくの舞台なので負けないように頑張りますねっ! また、応援していてもらえますか?」
「もちろん。聖女様に頼まれて、本選も続けて審査をすることになってしまったから、一番近くで応援しているよ。どんな衣装のフィオナが見られるか、今から楽しみだな」
「えへへへへっ……楽しみにしていてください♥」
普段通りのイチャイチャぶりを見せる二人に、セリーヌたちがまた声を揃える。
『……せ、正妻の余裕……!』
さらに周囲のテーブルからも微笑ましそうな目が向けられる。これにはもう、怒っていたセリーヌたちも表情を一転。皆、気を抜いて笑ってしまった。
「あはは! まーそうよねぇ。今さらあんたたちの仲を邪魔出来る子もいないかぁ」
「ふふ、そうね。フィオナちゃんも立派に成長したものだわ」
「フィ、フィオナ先輩さすがです……! かっこいいです!」
「ん、そーだね。おっぱいだって、あの人よりママの方がずっとおっきいし。最初から勝ってるし」
「お、イイところに目ぇつけるなレナのガキンチョ! そうそう、フィオナちゃんの乳がありゃああんなガキに負けるはずねぇんだよ。ま、エステルならボロ負けだったろうがな! あー早く次の水着審査が見てぇもんだぜガッハッハッンギャア!?」
笑い飛ばすヴァーンだったが、突如悲鳴を上げるとイスごと後ろにひっくり返り、持っていた麦酒が顔面に掛かる。そのまま苦しげな顔で足先を手で抑えた。ヒールを履いていたエステルは優雅に足を組み替え、涼しげな顔で髪を払う。
そんなとき、倒れていた涙目のヴァーンの顔にうっすらと何者かの影が掛かり、ヴァーンは「んおっ?」と妙な声でそちらを見やった。
そこでは、白髪の執事を従えたドレス姿の少女が胸元を抑えながら憎々しそうにヴァーンを見下ろしており、彼女は金髪を軽く払ってから言う。
「ふん、言ってくれるじゃない」
『あっ!』と声を上げたのはフィオナたち女性メンバー。
突然現れたのは、まさに話題の中心となっていた人物――『ルル』という少女であった。
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