♯220 食の祭典

 シャーレ教の象徴たる『聖女プリミエール』の居城――この聖都が内陸中部に置かれたのは、大陸各地からの巡礼が行いやすいようにとの配慮が大きい。元々はそれほど大きな街ではなかったが、巡礼者の数が爆発的に増えるとそれなりの規模が必要になり、やがて居住者が増えて大きな街となった。

 街になれば巡礼者ではなく商人たちも増える。キャラバン隊も巡礼者と同じ道程を進むため、自然と各地の文化が流入しやすいように設計されていた。

 それはもちろん食文化も同じであり、聖女への捧げ物として質の良い食料品が多く流通する。争いが続いていたかつての時代に、人々が日々の楽しみや生きる希望を“食”に求めることはごく当たり前のことであり、今日までフードフェスタが根付く大きな理由ともなった。


 そして今年もまた、食の愉しみを求めて多くの人々が聖都に集まっている。魔族との戦いが終わった今、その熱量はより増していた。


 そんな中、クレスとフィオナのスイーツ店――『パフィ・ププラン』は好調な出だしとなっていた。


「フィオナちゃん、全種類セットが二つよ。次の方、どうぞ」

「はーい! リズリット、新しい箱を用意しておいてもらえる?」

「わ、わかりました! えとえと、こっちの方にっ――」


 接客を担当するのは、主に女性組のメンバー。エステルが注文のメモを取ってフィオナに繋げ、フィオナが商品を一つ一つ丁寧に用意し、手先の器用なリズリットがラッピング等の仕上げを担当する。

 一方、男子組のクレスとヴァーンは店先に立って宣伝や客列の調整をしたり、資材や物資などを適宜運んでくる力仕事が主だ。


「順番通りにお願いします。はい、商品はまだたくさんありますので。え? 買ったらサインをくれ? 俺のですか? わ、わかりました」

「お、ンだよオメーら来てくれたのか? よし、ガキ共にサービスしてやっか! おーいエステル、こいつらのププラン一個ずつくれ!」

「子どもを呼んでくれるだけ、たまには役に立つのね。貴方のツケにしておくわ」


 フェスタが始まってしばらくが経っていたが、その間クレスたちが足を止めることはほとんどなく、客が途切れることがなかった。

 まずはやはり、勇者とその嫁の店という宣伝効果が大きい。

 クレスはもちろん、フィオナも聖都では有名人であるから、この二人が店を開くというニュースは既に大きく広がっている。二人の店のプレオープンも兼ねているこのフェスタイベントで、是非一度味わってみたいと足を運んでくれる者が多かったのだ。

 そして当然、看板メニューとなる『パフィ・ププラン』の魅力もあるだろう。

 一個単位で買うことが出来る手軽さ、食べ歩きも容易なサイズ、子どもでもお小遣いで買える価格、何よりもその美味しさが多くの客を惹きつけていた。


「もぉ~~~なにこれホントにおいしぃ~~~! ふわふわしてとろとろしてやばい! 並んでもう一個買うっ!」

「ねっ、このクリームがしっとりしてて絶妙な甘さだよね!」

「フィオナ先輩って料理まで出来るんだぁ。憧れるよねぇ」

「まぁ……こちらの味は甘すぎなくていいわね。ダンナに差し入れてあげようかしら」

「おかーさんこっちも! これもこれもー!」


 客の多くは予想通りに子連れや女性たちであったが、皆、試食サービスで味を確かめると喜んでいろんなスイーツを購入してくれた。特に一番人気の『パフィ・ププラン』は店先で食べる人も多く、そこにはたくさんの笑顔が溢れ、味の感想を伝えてくれる者も多い。そんな光景はクレスとフィオナにとっては何より嬉しいものであり、飲食を営むことの楽しさがわかる瞬間だった。


 そんな時間がしばらく続き、昼過ぎになって客足が落ち着いてくると、他店の調査に出向いていたヴァーンが帰ってくる。


「オイオイオイ! モグモグモグ……やっぱこれくらいじゃ勝てねーぞッ! モグモグ……他の店もなかなかにヤベェ! どこも本気だぜこりゃ!」


 他店の料理を山ほど抱えたヴァーンが口を膨らませながら喋るものだから、口から出る食べかすがエステルの顔に思いきりかかりまくり、無言のフライパンアタックがヴァーンの顔面にヒット。後ろ向きで倒れるヴァーンの手から落ちかけた料理をクレスがなんとかすべて回収する。ステーキや蒸し焼きの魚、新鮮な野菜と肉とサンドイッチ、焼きたてのパンなど、どれも美味しそうな匂いがしていた。


「おっと。買い出しありがとう、ヴァーン。皆、暇を見つけて休憩しよう」

「そうね……。フィオナちゃん、一番動いているのだからまず休みなさい。代わるわ」

「フィオナ先輩、こ、こっちはおまかせくださいです。クレスさんと、先に休憩を」

「は、はぁい! ありがとうございます!」

「ほら、さっさと起きて働きなさいこのブタ。そもそも昼食時にメイン料理を提供する店が人気になるのは当然のことでしょう。この店の勝負はその後、デザートタイムよ」

「いででで! テメェコラ! それが買い出しと偵察に行ってやったオレへの態度かッ! いてっ! オイ待て靴でぐりぐりすんのやめろや!」


 顔を拭きながら実に不機嫌そうな態度を示すエステルと、彼女に踏まれて苦しみながら立ち上がろうとする腫れた顔のヴァーン。

 クレスの手からいくつかの料理を受け取ったフィオナは、休憩用の椅子に腰掛けて、早速他店の料理に口を付けた。サンドイッチやジュースなどを除けば、どれもまだ湯気が出ているものばかりだ。

 フィオナは頬に手を当てながら大きく目を見開く。


「――ん! ふぁぁ……このお肉とっても美味しいですっ! 柔らかさや焼き加減もそうですが、タレの味がまた……! クレスさんも食べてみてくださいっ!」

「ああ」


 ごく自然にフィオナがクレスに「あーん」をして、クレスも他店の味に舌鼓を打つ。ステーキからは肉汁が溢れ、インパクトのある旨みの味が口いっぱいに広がった。


「これは……確かに美味しいな。やはり腹が空いているときにはこういったメインの料理が強いのかもしれない。塩気も欲しくなるからね」

「はいっ、出来たての温かい料理は格別美味しいです。それに、こちらのお店は確か毎年一番を争うくらい人気のお店ですね。やっぱりすごいですっ!」


 そのまま二人して他店の味に感心していると、起き上がったヴァーンが二人の間に入るようにして言った。


「オイオイオイ、なぁに他店を褒めてんだお前ら! オレらんとこもそこそこの売上げは出てるだろうが、これじゃ負けちまうぞ!」

「問題ないよヴァーン。俺たちは勝つためにやっているわけではないからな」

「そうですね、クレスさん。わたしたちは、このお店の味を知っていただけたらそれで十分嬉しいです♪」

「かぁーこのバカップルはこれだからよォ! つってもまだ初日だしなァ。ま、ここから挽回すりゃいいだろ。しゃー肉食って気合い入れんぞ!」


 言葉通りにバクバクと主に肉ばかりを食いまくるヴァーン。相当空腹だったのだろう。詰め込むように食べ進めていった。

 周囲の店でも昼休憩を挟んでいるところが多く、同じように他店の料理を食べている者が多かった。もちろんそれぞれの店が上位を目指しているが、こうして他の店の味を知って称える文化があるところもこのフェスタの良いところだ。


 そこでヴァーンが口の中のモノを一度飲み込んでから言う。


「――ぷはっ。あーそういやよ、さっき広場の方でミスコンの出場者募集始まってたぜ。当然、ウチからはフィオナちゃんが出ンだよな!」


 ニッと歯を見せて笑うヴァーン。

 そんな彼の発言に、周囲の店の者たちがぴくっと反応を見せる。特に女性店員たちがどこかそわそわと落ち着かない様子を見せていた。

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