第九章 聖都フードフェスタ編

♯219 聖都フードフェスタの開幕

 ボン、ボン、ボンと派手な音を立て、聖都の青い空に段雷が上がる。


 いよいよ『聖都フードフェスタ』の開催当日となった。


 聖都は朝から大賑わい。メインの大通りは既に『フードバトルグランプリ』に参加する出店でいっぱいになっており、それぞれの店が看板を構えたり、自慢の一品を掲げたのぼりを立てている。

 食べ応えのある肉や魚料理、熱々の具沢山スープ、ヘルシーな野菜料理、激辛をウリとする真っ赤な麺料理、甘いスイーツはもちろん、教会のシスターたちが手作りする『シャーレ神さまのご加護入りクッキー』、そして絶品の魔物料理をうたう怪しげな店なども存在する。このために他国からやってきた料理人も数多くおり、多種多様で自由な世界観を持つこのイベントは、料理に人種や国境は関係なしと言わんばかりの熱量を持っていた。


 そんな大通りを、スイーツの材料と専用オーブンを抱えたクレスとフィオナが通り抜ける。


「わぁ……皆さん気合い十分といった感じですね。あちこちから美味しそうな匂いがして、ちゃんと朝ご飯を食べたのに、もうお腹が減ってきてしまいそうです」

「そうだね。俺は去年までこういった賑やかな場所には出なかったからな……正直、皆の気迫に驚かされている。俺たちも負けないように頑張ろう、フィオナ」

「は、はいっ。お店側で参加するのは初めてでちょっぴり緊張しますが……皆さんに美味しく食べてもらおうように、楽しみながら頑張りましょう!」


 決意も新たにした二人も、自分たちの出店の前に到着し、荷物を下ろす。

 それぞれの出店はすべて基本が同じ簡素な作りとなっているため、差を付けるのは看板やのぼりといった外装のデザイン性、そして何よりも看板メニューの“味”であろう。しかし、その看板メニューも食べてもらわなければ始まらない。だからこそ、各露店はそれぞれに目立つための工夫を施しており、それはクレスとフィオナの店も例外ではなかった。


「おーう、戻ってきやがったか。ほれどうだ! なかなかイイ出来だろっ!」

「おかえりなさい、二人とも。内装の準備も終わっているわよ」

「あっ、おかえりなさいお兄ちゃ――ク、クレスさん、フィオナ先輩。ど、どうでしょうか……」


 二人を迎えてくれたのは、店の屋根に昇って看板を取り付けていたヴァーンと、キッチンなど内装の調整とスイーツ商品の冷蔵管理をしてくれていたエステル、そして看板を手がけてくれたリズリットである。



『元勇者とお嫁さんのスイーツ店

     

      “パフィ・ププラン”

 

       ふわふわであま~い幸せな味をお届けします♥』



 白とピンクを基調とした淡いデザインの看板には、大きな文字の店名とちょっとしたアピールが添えられており、また、美味しそうなスイーツのイラストも一緒に描かれていた。丸く可愛らしい印象の文字やイラストのデザインは他店にも負けない出来である。なお、看板メニューを売り込むために店名を商品名と同じ『パフィ・ププラン』に統一したところもちょっとした工夫だ。


 クレスとフィオナはそんな看板を見上げながら感嘆とした。


「おお……これはよく目立つな。スイーツ店らしい感じも出ていると思う。ありがとうみんな、助かったよ」

「おう存分に感謝しろ! んでもって優勝したら賞金よこせや!」

「この男には真っ当な善意というものが存在しないのかしら。私はまぁ、パフィ・ププラン一年分といったところでいいわ」

「テメェの方がよっぽどあくどい要求してんだろがッ!」


 屋根から飛び降りてきて文句を言うヴァーンに、「冗談に決まってるでしょう」とフライパンで顔を叩きつけるエステル。


 フィオナが苦笑いをしながら言う。


「あはは……ヴァーンさんもエステルさんも、本当にありがとうございました。リズリットも大変だったよね、ありがとう。それにしても、リズリットは絵も上手だったんだね。わたし知らなかったよ」

「い、いえそんなそんなですっ! 日記をつけるときにたまに絵を書いていたくらいで、と、とても上手では……。そ、それにリズは『パフィ・ププラン』の絵を一つ書いただけで、他の絵は、レナさんとお友達の皆さんが書いてくれたんですっ」

「そうだったんだ? レナちゃんたちも手伝ってくれて……ふふっ、後でお礼を言わなきゃだね。わたしもクレスさんも商品のことだけで手一杯だったから、こっちにまで気が回らなくて……皆さん、ありがとうございました!」


 そう言って頭を下げるフィオナに、皆が笑顔で応えてくれる。レナたちを始め、今ここにはいない多くの者もまた力を貸してくれた。そんな仲間の協力がなくては、きっとこのイベントで店を開くことは難しかっただろう。クレスもフィオナもそのことをよくわかっているから、より気合いの入る思いであった。


 そんなとき、『聖エスティフォルツァ城』の鎮座する希望の丘から、大きな鐘の音がゴーン、ゴーンと響いた。もうすぐイベントが始まるという合図である。次にもう一度鐘が鳴ったとき、都民や他国の者たちが大勢こちらへと流れ込んでくるだろう。いろんな意味で最後の準備時間というわけだ。すると周囲の店も一斉に慌ただしくなり、空気が明らかに変わっていた。作り手は皆真剣に、本気でこのイベントに臨んでいるのがクレスたちにもよくわかった。


 既に店の準備は済んだ。商品も数多く用意している。急な事態を想定して仕込み済みの材料や、作業のためのオーブンを備えたミニキッチンもある。

 しかし独特な空気に吞まれてしまったのか、フィオナはどこかそわそわした様子で、両手をぐっと握った。


「い、いよいよですねっ! この日のためにたくさん作ってきましたが、お、お客さんに気に入ってもらえるかな……!」

「ハハハ! さすがのフィオナちゃんもちぃと緊張してんのか。ま、やることやってきたなら自信持ってよ、肩の力抜きな」

「『パフィ・ププラン』の味は見事なものよ。旅の途中にいろいろな国のスイーツを食べてきたこの私が保証してあげる。試食までしてもらえれば勝ちよ」

「そ、そうですよフィオナ先輩っ! リズもフィオナ先輩のスイーツ大好きです! レナさんたちもそう言ってました! きっときっとっ、たくさん食べてもらえます!」

「ヴァーンさん、エステルさん、リズリット……」


 皆の励ましの言葉に、フィオナの表情がふっと和らいでいく。


 このイベントの成功は、クレスとフィオナがいずれ開く森の店舗の成功にも繋がる。そしてそれは、二人の大切な未来へも繋がっていく。そんな思いが、フィオナの双肩に乗っている。


 だから、クレスはフィオナの肩を抱き寄せて言った。


「大丈夫だよ、フィオナ。君の――俺たちの作った『パフィ・ププラン』は美味しい。もちろん他の商品もね。だから、ヴァーンの言う通り自信を持ってやろう。皆に、笑ってもらうために」

「クレスさん…………はいっ!」


 笑顔で答えるフィオナ。その表情は、この日の空のように晴れやかであった。


 ――ゴーン、ゴーン、ゴーン……。


 再び鐘の音が街中に響き、クレスたちはそれぞれに頭巾とエプロンの紐を締め直す。ヴァーンが「うっしゃあ!」と人一倍の気合いを入れた。


 ついに、騒がしい二日間の祭りが幕を開ける――!

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