♯215 頑張りすぎ警報です!

 ――あれから一週間ほどが経った。

 アカデミーの名物合宿――通称『クラン試験』は無事に終了し、リズリットとレナは揃ってクレスとフィオナの元へ報告に来てくれた。


 結果、リズリットは初級魔術師から中級魔術師へ。レナも基本過程クレスから初級魔術師へとランクアップしたとのこと。

 さらにレナの同級生であるドロシー、クラス長のアイネ、ペール、クラリスも一緒にランクアップ出来たようで、基本過程を受け持つ講師のモニカは大変喜んだようだ。


 そんなおめでたい話を聞いたクレスとフィオナは、森の家の前でちょっとしたお祝いのパーティーを開き、皆でリズリットやレナたちを祝うことにした。

 そこでアカデミー講師のモニカから語られた話によると、リズリットは試験中何度かミスもしたようだが、それ以上に集中してクランの仲間を支え、見事な結果を示したらしい。皆に褒められて照れるリズリットを見て、クレスもフィオナも自分のことのように喜ばしく思ったものであった。また、レナが早くも基本過程クラスを卒業してしまうことでモニカが寂しがり、レナが鬱陶しそうにするのを見て皆で笑ってしまうのだった。

 それと、このパーティーではフィオナのお手製スイーツの試食会を兼ねていたのだが、こちらも大変に好評であり、迫るフードフェスタへの準備は着々と進んでいた――。



 それからまたしばらくが経ち、『聖都フードフェスタ』の開催をいよいよ翌週に控えたとある日の夜。

 クレスとフィオナは、ようやく完成した店舗の中のキッチンで、新たな試みを行っていた。


「ど、どうですか? クレスさん」

「――うん、美味い! 甘さも控えめで、これなら男性にも喜んでもらえそうだね」

「良かったぁ、そう言ってもらえて安心しました!」


 手を合わせて安堵するエプロン姿のフィオナ。クレスは指に残った深緑色のクリームをなめとり、確かめるように再び「うん」とうなずく。


 二人の店の看板メニューとなる『パフィ・ププラン』は、白い薄皮でミルククリームを包んだ焼き菓子である。その甘美な味と風味は絶品と評判であったが、その評価は女性と子どもが主であった。この時代、成人男性が甘い物スイーツを嗜むことは少なく、ヴァーンのように甘味よりも酒を好むような男には甘すぎるという意見もあった。メインの客は女性と子どもであるから大きな問題はないのだが、フィオナはそれをよしとしなかった。


 なぜならフィオナは、自分のスイーツを『家族』に食べて欲しかったからだ。


 店のコンセプトは『誰でものんびり出来るスイーツ店』。父も母も子も、そして祖父や祖母も。美味しいスイーツを家族みんなで食べて、笑顔になってもらいたい。それがフィオナの願いであり、自分の作るものがすべての家族にとって良いものになってほしかった。


 だからフィオナは、『パフィ・ププラン』のクリームにいくつか別の味を作った。その一つが、先ほどクレスが食べた抹茶味である。これはクレスの師匠――シノが故郷で嗜んでいたという茶葉の粉末を利用したもので、程良い苦みや豊かな茶の風味が甘みを抑え、男性やお年寄りにも好まれる味に仕上がった。

 他にも、リズリットが好きな紅茶の茶葉を利用した紅茶味を作ったり、バナナなどのフルーツを利用した味も用意した。選択肢の幅が広がったことで、より多くの客を得られるようになった。誰でも笑顔になれる店。そんな理想に近づいたことが、フィオナはとても嬉しかった。


「フェスタはもう来週ですから、本当にギリギリになってしまいましたけれど……でも、ようやくすべてのメニューが整いました!」

「ああ。これなら間違いなく皆に喜んでもらえるはずだ。お疲れ様、フィオナ」

「はいっ! クレスさんこそお疲れ様でした。たくさん生地を作っていただいて、ありがとうございます。一人ではきっと出来ないことでした」

「これくらいは当然だよ。それにしても、フィオナの作るスイーツは本当に美味しいな。たまに街のものをいただくことはあるが……ここまで美味しいと感じたことはない。やはり、フィオナの腕が良いからなんだろうか」

「いえいえそんなっ。長く勤められてきたプロの方々にはとても敵わないですよ。でも……」


 フィオナはクレスの鼻先についていた粉を拭き取り、にこりと微笑む。


「愛情だけは、誰よりもたくさん詰め込んだつもりです♪」

「……納得だ」


 クレスも微笑み返す。

 そして彼は、「よし」と気合いを入れ直して再び動く。


「本番まであまり時間がない。俺はもう少し生地作りを見直してみようと思う」

「え? けれど、もう遅い時間ですよ? そろそろ休んだ方が……」

「大丈夫だよ、フィオナ。なんだかすごくやる気が満ちていてね。高揚しているんだ。早く、君のスイーツを皆に食べて欲しい。そのために、生地のクオリティを出来る限り上げておきたいんだ。生地は直接の食感に大きく影響するからね」

「クレスさん……」

「料理は難しいが、楽しいものだね。君と作る店が今から楽しみだよ」


 そう言って、クレスは早速生地作りを始めてしまった。熱中するその横顔が本当に楽しそうだったため、フィオナは止めようにも止められない。


「クレスさん……」


 もちろんクレスの気持ちはフィオナにとって嬉しいものではあったが、近頃のクレスは熱心にスイーツ作りの勉強をしたりとだいぶ張り切っており、彼本来のストイックな性格が料理に発揮されてしまっていて、それがフィオナには心配の種であった。周囲からは心配性すぎると言われることも多いが、フィオナにとって彼以上に大切なものなどない。心配しすぎるということはないはずなのだ。


 熱中するクレスをどう抑えるべきか……フィオナがそんなことを考えていたときである。


「――むっ?」


 突然クレスがふらりとバランスを崩し、近くの棚に手を付いて身体を支えた。


 これにフィオナが慌てて駆け寄る。


「クレスさんっ!? だ、大丈夫ですか!?」

「ん、ああ。問題ない。少し足がふらついただけだよ」

「問題あります! すぐに家へ戻って休みましょう!」

「え? い、いや、本当に大丈夫だよフィオナ。ちょっとふらっとした程度で、これくらいは――」

「ダメです戻りますッ!」

「えっ」


 ガシッとクレスの手を掴むフィオナ。彼女の真剣な瞳にクレスの動きが止まった。


 かかとを伸ばしたフィオナの手が、クレスの額に触れる。

 手を下ろしたフィオナは、じっとクレスの目を見つめながら言った。


「やっぱり……少し熱があるみたいです。言いましたよね? 頑張りすぎはいけません。すぐに止めますって。これは明確な頑張りすぎのサインです。ぴぴー! 頑張りすぎ警報です! お嫁さんとして見過ごせませんっ!」

「頑張りすぎ警報!?」

「お嫁さん権限で即刻閉店です帰りますっ! 今晩はお風呂は止めて、わたしがクレスさんのお身体を拭きます。あとはお粥を食べて、ハチミツ入りのホットミルクを飲んで、暖かくして休みましょうね。さぁ戻りましょう!」


 瞬く間に一晩の介抱計画を立てたフィオナは、手を引いて半ば強引にクレスを店の外へと連れだすと、そのまますぐそばの家へと帰るのであった。

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