♯212 よくある兄妹の入浴シーン
フィオナとレナが家で乙女の会話を繰り広げている頃。
「ふぅ……」
「…………」
クレスとリズリットは、兄妹仲良く風呂に浸かっていた。
肩を出して安堵の息をつくクレスの隣で、髪をすべて下ろしたリズリットは先ほどからカチコチになって背筋を伸ばしている。時折肩が触れるとびくぅっと反応し、そのたび頬が激しく紅潮する。だが、もくもくと立ちこめる湯気によって彼女の表情は上手く隠されていた。
「やはり、一日の終わりは風呂に限るな。リズ、熱くないかい?」
「ひゃい! あ、うんっ!」
「そうか。では、温まったところで身体を洗おうか。もう冷えも心配ないだろう。俺に任せてくれ」
「えっ!」
「大丈夫。たまにフィオナの髪や身体を洗わせてもらうことがあるから、多少の慣れはあるんだ」
「あ、えっ、うっ」
「さぁ、リズ。兄として、妹の世話くらいさせてもらわないとな」
「う、う、うん!」
言われるがままに浴槽を上がるリズリット。彼女の後ろに座するクレスは、真面目な顔でリズリットの髪を洗い始めた。リズリットの柔らかな髪はウェーブがかっていることもあり、フィオナやレナのものとはまた手触りが違う。クレスは、彼女の髪を傷めないように細心の注意を払いながら臨んでいた。
一方、されるがままのリズリットは膝の上に手を置いたまま、さらに背筋をピンと伸ばして身動き一つとらずにいた。クレスの方は割と兄らしい立ち振る舞いをしているように見えるが、リズリットの方はさすがにまだ慣れていないようである。
もちろんリズリットの緊張のほどを把握しているクレスは、出来うる限り自然な兄妹らしいやりとりをしようと心がけていたのだが、その自然なスキンシップこそがまたリズリットの緊張を高めてもいる。
「最近よく思うことなのだが、女性は髪型が変わるだけでずいぶん印象が変わるね。リズも、髪をすべて下ろしていると大人っぽく見えるな」
「え? リ、リズが?」
「ああ。ただ、普段の髪型もすごく可愛らしいから、甲乙は着けがたい。以前ヴァーンが言っていたが、リズは将来大変な美人になりそうだね」
「あ、あう、あうっ」
髪や肌に触れられながら褒められて、もはや言葉も出てこないリズリット。兄妹の関係を望んだのは自分ではあるが、まさかこうなるとは思っていなかったようだ。
そもそも、異性との付き合いに慣れていないリズリットにとって、男性と風呂を共にするなど初めての経験である。実の父親ともこんなことをした記憶はない。さらにいえば裸を見られるのも当然初めてだ。以前、『コロネットランド』で水着が透ける恥ずかしい思いをしたことはあるが、あれは厳密には裸ではなかったため、リズリットの中でノーカンになっている。
そんな自分が、今、こんな小さな空間で男性と二人きりである。それも裸だ。
もちろんクレスの方は兄として振る舞っているだけで、彼にこれっぽっちもやましい気がないのはリズリットにもよくわかる。だから自分も妹らしくしたいと思ってはいるが、いきなりすぎる。リズリットにとってこの状況はあまりに難易度が高かった。
リズリットが固まっているうちに洗髪が終わり、風呂桶によって頭が洗い流される。
続けてクレスが言った。
「よし、じゃあ次は身体の番だ。リズ、手を広げてくれるか」
「ひぁっ!? あ、え、え、えと、あの!」
さすがにもう限界だった。正直にいえば限界をとうに超えていた。
だからリズリットは申し訳なさを抱えつつも話す。
「ご、ご、ごめんなさい! そ、そ、それは自分でやります!」
「ん? そ、そうかい?」
「え、えと、えとっ、あっ! じゃ、じゃあ交替にしましょう! つつつ次はリズがやりますからクレスさっ――お、お兄ちゃんが前に!」
「おおっ? わ、わかった」
素早く位置を変えてクレスの背後に移るリズリット。思わずホッと胸をなで下ろした。
そしてクレスからタオルを受け取ったリズリットは――
「……あ」
クレスの背中を見て、固まる。
彼の背中は思った以上に大きく、そして、所々に戦いの傷跡が残っていた。
「……お兄ちゃん。いえ、クレス……さん……」
リズリットは、そうつぶやきながら小さな手でクレスの背中に触れた。
「? リズ? どうした?」
リズリットの異変を感じたのか、クレスが目線だけを後ろに向ける。
するとリズリットは、泡立つタオルをぎゅっと握りしながらつぶやいた。
「……やっぱり、リズが、クレスさんの妹になるなんて……も、申し訳ない、です……」
「え?」
「だって……クレスさんは、今まで、たくさんの人を守って、戦ってきた、り、立派な、勇者さま、です、から。リ、リズだけの、お兄ちゃんに、なんて、そ、そんなの……」
「……リズリットさん」
二人の関係が、兄妹から今までのものに戻っていた。
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