♯210 歓迎、妹さん

 テーブルに並ぶクレスとフィオナの前で、陶磁器のティーポットとカップが三つ用意された。

 懐中時計を睨むようにしてじ~っと目を逸らさないリズリットは、やがてタイミングを見計い、ポット内の紅茶をそれぞれのカップに丁寧に注ぎ分けていく。湯気と共に立ち上る豊かな香りが二人の鼻腔をくすぐった。


「ど、どうぞ! 食前茶です」


 リズリットが二人にカップを差し出す。

 その紅茶は珍しく青っぽい涼やかな色をしており、クレスとフィオナは匂いだけでなく目でも楽しむことが出来た。これは彼女が寮から持参した『お泊まりセット』に入っていた良質な茶葉の紅茶であり、原産地は『水の都アストレア』。これは、かつてクレスとフィオナが新婚旅行の際に立ち寄った街での土産品であり、リズリットがせっかくだから二人にも味わってほしいと持ってきてくれたものだ。


 初めに口を付けたフィオナが、ホッとした表情を見せた。


「ん……美味しい! どこかスゥッとして、爽やかな気持ちがする。リズリットの紅茶は、やっぱりすごく美味しいね」

「あ、ありがとうございます! リ、リズは部屋にこもっていることが多いので、紅茶を淹れたり、ハーブを育てたりする以外に、趣味がないので……」

「素晴らしい趣味だよ。俺もこうして淹れ立てをもらうのは初めてだが、なんとも香り高いものだな。ありがとうリズリットさん。あ、いや、リズだったね」

「え、えへへ。お、お兄ちゃんも、ありがとう……!」


 二人に褒められて、テレテレとしながら二人の向かい側に腰掛けるリズリット。どうやらまだまだ兄妹の体が慣れない様子だ。


 落ち着いたところで、フィオナが話を再開する。


「ええと……それでは今晩だけ、クレスさんがリズリットのお兄ちゃんになる、ということなんですね? だから、リズリットをこの家に……」


 その言葉に、クレスとリズリットが揃ってうなずいた。リズリットが着替えなどのお泊まり道具を一式持ってきているのも、兄妹ならば同じ家で過ごすというのが当たり前という体らしい。かといって、リズリットの実家――『アーネンベルグ』の家に突然クレスが押しかけては迷惑になってしまうだろう。だから自然とこちらに、ということのようだ。


 フィオナはカップに手を添えながら穏やかに話す。


「お話はわかりました。それじゃあ、今夜はゆっくりしていってね。リズリット」

「えっ? フィ、フィオナ先輩、突然なのに、いいのですか?」

「もちろん。だって、旦那様の大切な妹さんですから。丁重にお招き致します♪」


 そんなフィオナの言葉と笑みに、リズリットの表情が明るくなる。やはり、フィオナから承諾を得るまでは緊張していたようだ。

 

 フィオナが続けて話を切り出す。


「でも、そっか。リズリットは明日から『クラン試験』だったね。もうそんな時期になるんだ……。合宿は、普段とはまた違う勉強になるけど……不安になる気持ちはわかるよ。わたしも、あんまり得意ではなかったから」

「え? フィオナ先輩もですか?」


 大きな目をキョトンとさせて驚くリズリット。フィオナは苦笑いを浮かべた。


「そうだよ。わたし、あの頃は魔術が上達したいって気持ちばっかりで、周りを見られてなかったから。合宿中は、よく先走らないことって叱られちゃったよ」

「そ、そうなんですかぁ……フィオナ先輩も……」

「リズリットは、わたしやセリーヌさんに頼らず、一人で頑張ろうとしたんだね。リズリットのそういう気持ち、わたしはすごいと思うよ。成長したんだね。元先輩として、褒めてあげたいな」

「フィ、フィオナ先輩……」

「えらい、えらい♪ 今晩だけは、わたしの義理の妹になるね」


 フィオナが手を伸ばしてリズリットの頭を撫でる。リズリットの目が揺らめくように潤んだ。それほど長い期間ではなかったが、二人はアカデミーで教育上の指導関係を結んでいた先輩後輩である。お互いに、思うところがあるのだろう。そんな様子を見てクレスも安心したように紅茶を飲んだ。


 それからフィオナの目はクレスの方にも向く。


「クレスさんも。一人で悩んでいたリズリットを助けてくれたんですね。ありがとうございます」

「ん、それほどのことではないよ。俺はただ声を掛けただけで」

「いいえ。リズリットにとってはそれほどのことだったと思いますよ。ね、リズリット?」


 二人の視線が彼女へと向く。


「は、はひ……」


 二人の妹は肩を丸めるように縮こまり、クレスとフィオナは小さく笑った。


 ――そんなとき、鍵を掛けていた玄関の扉がキィと開く。


 そこからリズリットよりも幼き少女――レナがひょっこり姿を見せた。


「おジャマします。明日からアカデミーの合宿だから、ひさしぶりにフィオナママのごはん食べたくてきちゃった。まだ残ってる? ――って、あれ? リズリット先輩だ。なんで?」


 新たな来訪者の登場に、クレスとフィオナが簡単に事情を説明する。

 するとレナはすぐに「ふーん」と納得したように応えながら、残っていた席――リズリットの隣に座って言う。


「クレスはいちおうレナのパパだから、リズリット先輩はレナのおばさんだね? よろしくね、リズリットおばさん」

「お、叔母さんですか~!? あっ、で、でもたしかにそういうことに……うう、リズ、もうこの年で叔母さん……な、なんだかちょっと複雑な……」


 言葉通り複雑そうな表情を浮かべるリズリット。からかっているレナはニマニマとしていた。クレスとフィオナはお互いに顔を見合わせて笑い、フィオナが立ち上がって手を叩く。


「それでは家族が揃ったところで、晩ごはんにしましょうか。リズリットとレナちゃんの分もすぐに作るから、明日に備えてたくさん食べていってね♪」


 三人からそれぞれに声が上がり、フィオナは家族のためにより気合いを入れて腕を振るった。

 

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