♯207 べとべとリズリット


◇◆◇◆◇◆◇



 早速教会へとやってきたクレスは、シスターに取り次いでもらう形でソフィアの専属メイドと再会し、まだほんのりと温かい『パフィ・ププラン』を提出。毒味を兼ねた味見によってその場で了承を貰い、今度のフードフェスタへの参加が決まった。その際、クールなメイドが珍しくもちょっぴり動揺していたことから、フィオナの菓子がいかに美味いかを客観的に実感出来たクレスである。


 その後も騎士団で滞りなく用事を済ませ、後は家に帰るのみとなった。聖城のある高台からは夕陽が山の向こうに沈んでいく絶景がよく見えるため、クレスはわずかに足を止めていたが、フィオナをあまり待たせるわけにはいかないため、すぐに足が動いた。


 その際に、ある人物の存在に気付く。


「……ん? あれは……」


 クレスの視線の先は、いくつも備えられている木製のベンチ。近くには、閉店準備をしているアイスクリームの露店があった。


 そちらへ歩いていったクレスは、ベンチの上で一人膝を抱えていた制服姿の少女へ声を掛ける。



「――リズリットさん?」


「――ひゃわあぁっ!!??」



 高い声を上げて仰天し、思わずベンチからずり落ちた少女の手からスポーンと何かが上空に飛ぶ。クレスが見事な動体視力と反射神経でそれをキャッチするも、ぶにゅっと潰れた紙カップから白い液体がボタタタと溢れ落ちる。しかもそれは、地べたにへたり込んだ少女――リズリットの頭に思いきりかかってしまった。


「これは……溶けたアイスクリームか? ――ってうわぁ! す、すまないリズリットさんっ!」


 小刻みに震えながら振り返るリズリット。

 ウェーブがかった可愛らしい髪や童顔に白濁した液がべっとりとかかっており、彼女は涙目になってしまっていた。というかめちゃくちゃ泣いていた。


「俺がいきなり声を掛けて驚かせてしまったせいだ! リズリットさんを泣かせてしまうなんて、本当に申し訳ない! な、何か拭くものを持っていればよかったのだが、くっ、俺はなんてことを……!」


 むしろクレスの方が狼狽する自体に、リズリットはキョトン顔でまばたきをした。


「……あれ? ク、クレス……さん? あっ、い、いえあのっ、ご、ごごごめんなさい! リズのほうこそぼーっとしていて、あの、これはちがって、あの、あの、えっとっ」


 制服の袖で慌てて涙や汚れを拭うリズリット。しかしベタベタが広がってしまい、アイスクリームの甘い匂いが漂うばかりだ。


 そこでクレスは気付く。どうやら彼女は、自分が声を掛ける前から泣いていたらしいということに。

 フィオナが家で待っていることはわかっているが、まさかリズリットをこのまま置いておくわけにはいかない。


 クレスはまだ一つ残っていた『パフィ・ププラン』の入った小袋を手に掲げ、言った。


「そうだ、リズリットさん! とても美味しいお菓子があるのだが、お詫びに一つどうだろう!」

「…………ぷぇ?」


 リズリットは、潤んだ瞳でクレスを見上げながら妙な声を上げた。



 幸いにも、気を利かせたフィオナが小袋の中に手ふき用の布を入れてくれていたのを思い出したおかげで、リズリットの頭や顔は綺麗にすることが出来た。アイスのべとべと感は残ってしまったが、それは水浴びや風呂にでも入ってもらう他ない。


「本当にすまなかった、リズリットさん。この詫びは必ずや……!」

「い、いえ。もう、謝らないでください。リ、リズが勝手に驚いただけなので……。それに、フィ、フィオナ先輩の新作お菓子、とってもとっても美味しくて、むしろ、ラ、ラッキーだったかも、です!」


 先ほどのベンチに腰掛けながら、フィオナお手製の『パフィ・ププラン』を笑顔で食べるリズリット。綺麗になったばかりの顔にまたクリームがついてしまっており、隣に座るクレスが布でさっと自然に拭き取ると、リズリットは「す、すすすみません……」と頬を赤らめて縮こまった。


「ところでリズリットさん、どうしてここに? それに、先ほどはなぜ……」


 ――なぜ泣いていたのか?

 そんなクレスの疑問に、リズリットはまたベンチの上で膝を抱えて答えた。


「それは…………ちょ、ちょっぴり……悩み事、が……」

「悩み事? それは……ひょっとしてアカデミーのことかな。確か、この時期はアカデミーでも何かのイベントがあったように思うが……」


 以前のことを思い出してそうつぶやくクレス。するとリズリットは驚いたように目を見開いてクレスを見た。


「そ、そ、そうなんです! クレスさん、よ、よくご存じですね。さすがですっ」


 どうやら合っていたようで、ちょっぴりホッとするクレス。

 フードフェスタが行われるこの時節、アカデミーでは聖都近郊による男女混合での魔術交流合宿が行われる。これは先輩も後輩も関係なく『クラン』と呼ばれるチームを組んで課題や試験をこなす試験の一種であり、俗に『クラン試験』と呼ばれる。結果次第で魔術師階級が上がる仕組みもあり、この期に魔術師としてのランクアップを狙う生徒が多い。それはフィオナやレナからの話でクレスでも知っていることだった。また、現在基本過程クラスに所属するレナは、『初級魔術師』を目指してクラスメイトのドロシーたちと切磋琢磨していると話していたが――。

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