♯206 フードフェスタへの準備


「本当にお疲れ様でした、クレスさん。これで、メニューも一通りは決まりですね」

「ああ。店舗の方も、師匠が大木を移動させてくれたおかげで順調に基礎工事が終わったからね。少しずつ形が見えてきた」

「クレスさんとのお店、今からとっても楽しみです!」

「うん。俺もだよ」


 そこでクレスは、残った『パフィ・ププラン』を完食し、改めてうなずく。


「――うん。今までフィオナが作ってきてくれたスイーツはすべて美味しかったが、俺はこれが一番好みかもしれない。なんというか、とてもフィオナらしい優しい菓子という感じがするよ」

「えへへ、ありがとうございます。わたしらしいなんて……す、少し照れてしまいますね」

「それに、食べ終えた後かすかに鼻から抜ける甘いミルクの匂いが心地良い余韻で……。これは、どこかで嗅いだような気がするが……」

「あ、中のミルククリームには、セシリアさんからいただいた『バニラムード』の甘草で香り付けしているんです。健康にも良いですし、クリームの味を引き立ててくれるんですよ。ショコラちゃんに運んでいただいたおかげですね♪」

「なるほど、そういうことだったのか」


 得心したように手を打つクレス。


 遠く離れた巨大な森――『夢幻の深森ミラージュ・フォレスト』。そこで薬師として生活するセシリアとの関係もあれからずっと続いており、クレスの経過観察のため、二人は先日セシリアの店に再訪したことがあったのだ。その際にスイーツ店を開く相談もしており、貴重な『バニラムード』を供給してもらうことが出来るようになった。その上、今度からは訪問しなくてもショコラが届けてくれるとのことで、二人にとっては渡りに船である。


「本当に、皆さんが協力してくれたおかげですね……。セシリアさんからは、他にも『ラブラドル』の蜜を使った特製の丸薬をまた分けていただけましたし……」


 ベッドサイドの棚に置かれたガラスの小瓶――中のピンク色の丸薬を見つめ、フィオナがちょっぴり赤らんだ頬に手を当てる。クレスがどうしたのかと声を掛けると、フィオナはハッと慌てて話を戻した。


「な、なんでもないです! ええっと、そ、それではこのお菓子を今度の『お祭り』に出してみましょうか!」

「ああ、そうしよう。きっと皆にも気に入ってもらえるよ」


 うなずき合う二人。そう、二人が必死に看板商品を選定しているのには大きな理由があった。


 近く街で開かれる大きな催し物。それは――『聖都フードフェスタ』である。


 その名の通り、たくさんの食べ物類がメインとなるお祭りであり、聖都に店を構える者たちが己の自慢の味を披露する場として有名な催し物だ。その歴史は古く、かつて魔族や魔物たちとの戦争が激化していた時代に食べ物が極端に減ったことがあり、都民や避難してきた人々を元気づけるため、当時の聖女が大陸中から食材を集めたのが始まりだと云われている。


 そんな聖都には各国から様々な食材、文化が集まるため、食のレベルは非常に高い。特に各商店が味を競い勝利を目指す『フードバトルグランプリ』と、それを応援するために開かれる女性参加の『ミス・コンテスト』が高い人気を誇る。毎年、それらを目的に大陸中から人が集まるイベントだ。

 もちろん、グランプリで目立った活躍をした店は多くの注目を浴び、人気店となる。そのため、味には自信があるのに立地が悪く客を集められていないような隠れた店や、開店したばかりのような店には大きなチャンスとなるのだ。無論、クレスとフィオナもこのイベントに参加し、商品を試食してもらって、いずれ開く店の宣伝にしようと考えたのである。


 クレスがエプロンを外しながら言った。


「よし、それじゃあ後は教会と商工会に出店の申請をするだけだね。ちょうど騎士団の方に顔を出す用事があったから、俺が教会へ行こう。この時間ならまだ問題ないはずだ」

「あっ、それではわたしは商店通りの方に行きますね。商店会長さんにご挨拶してきます。これからお世話になりますから」

「ああ、わかった。それじゃあ、焼きたてのものをいくつか貰っていいだろうか。申請の際、教会にも提出しなくてはいけないからね」

「はい、わかりました。では、暗くならないうちに戻るようにしますね。それと……」


 フィオナがかかとを上げて背伸びをし、クレスの頬についていたクリームの欠片をそっと指で拭き取る。

 そしてその指を自らの口に含み、にこっと微笑んで言った。


「今までクレスさんにたくさんお手伝いしていただいたので、今日の夜は、体力のつく美味しい物をいっぱいご用意しますね。それから一緒にお風呂に入って……たくさん、お世話しますね♪」

「う、うん」


 お世話が具体的にどういう意味かは尋ねなかったクレスだが、とにかく早めに帰ってこようという決意がバッチリ固まるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る