♯200 口下手師弟

 四人がやってきたのは、昨日も訪れた自然公園の中にある広場。まだ朝も早いため、散歩をするような者がたまに訪れる程度であり、汗を流すには良い場所だ。そしてそのたまに訪れる者たちは、大体が足を止めてこちらを見つめていた。


 既に、ヴァーンとシノとの激しい稽古が始まっていたからである。


 息もつかせぬ攻防戦。特にヴァーンの攻めの姿勢は凄まじいものがあり、反撃すら許さぬとばかりに手数で圧倒する。シノの方は鞘にしまったままの剣による防戦が多くなっていた。


 やがてそのときが訪れる。


「しゃあもらったあああああッ!」


 声を張り上げながら片手で槍を突くヴァーン。腕を捻り出す回転突きは凄まじいスピードを持っていたが――


「――ぅおっ!?」


 驚愕の声を上げるヴァーン。

 なんと怯むことなく前進してきたシノは半身の体勢で突きをギリギリかわすと、その流れるような動きでヴァーンの懐に入り、彼の軸足を素早く払う。ヴァーンは宙でぐるんっと回転して地面に倒れ、「むがあっ!?」と潰れた。一瞬の静寂が訪れたのち、思わずフィオナがパチパチと拍手をして、見学していた散歩者たちも「おー」と手を叩いた。


 シノが小さく息を吐いて言う。


「このくらいで良いでしょうか」

「いっててて……くっそ! あれさえ避けられんのかよッ! あんた目ぇ閉じてんのになんであれがかわせんだ!?」

「槍でもっとも注意すべきは突きです。その一点突破の力は一撃必殺と言ってよい。あなたの技は見事なものです。――しかし、呼吸や筋肉の収縮、持ち手の握り、足の踏み込みに意識を向けていれば動きの予測はつきます。それは基本が身についている者ほど顕著に現れるもの。よく鍛錬されている証です」

「褒められてるようで隙が多いってこったろーが! だーくそっ! 隙を悟られねぇように自分の動きも細かく制御しねぇと……型も変えて、もっとフェイント混ぜ込むか……うし! もっかい! もっかいだお師匠さん!」

「いえ。すみませんが、これ以上は借りた服を汚してしまいかねませんので」

「チクショー! こんなヒラヒラ服の剣すら抜かねぇ女に負けた! んがあああぁぁぁー!」

「そちらも模擬戦の武器でしょう。あなた本来の武器であれば、どうなるかはわかりません」


 その場で大の字に寝っ転がるヴァーン。汗だらけで呼吸も乱れている彼とは違い、軽くスカートを払うシノはまだまだ余裕といった感じである。


 拍手を止めたフィオナがつぶやく。


「ヴァーンさんがあそこまで……シノさん、本当にすごいです! さすがはクレスさんのお師匠様ですね!」

「ああ。師匠は本当に相手をよく“視て”いる。観察が上手いんだ。あの人と対峙すると、すべて見透かされているような気がしてくる」


 あのダンジョンでは、シノの戦いを目にすることが出来なかったクレスとフィオナである。特に、久しぶりに目にした師の洗練された動きに、クレスの心は躍っていた。子どもだったときのことをよく思い出す。


 するとそこで、シノがこちらへ向かって声を掛けてきた。


「クレス」

「は、はい! なんでしょう!」

「来なさい。一戦、交えましょう」

「え?」


 シノの言葉に、クレスがキョトンと呆ける。


「し、師匠? よろしいのですか?」

「もうお前に教えることはありませんが、手を合わせるくらいはよいでしょう。お前も、そのつもりでいたのでしょう」

「あ……」


 クレスの自身の腰元に目を落とす。本来、ただの見送りであれば剣など持参する必要はない。シノはそのことを言っているようだった。


「それに――」


 シノは自身の髪を結び直し、鞘に入れたままの剣を前に掲げて言った。


「私もお前も、互いに口が上手い方ではありません。手合わせをしている方が、伝えられることもあるでしょう」

「……師匠」


 クレスの目に光が宿る。手にも力が入った。

 師の言葉を受けて、クレスも腰に提げていた剣を前に掲げる。


「はい! それでは――胸をお借り致します!」


 気合いの入ったクレスの返事に、フィオナは安心したように笑うことが出来た。



 ――久しぶりの師弟の手合わせは、フィオナが思ったよりも静かなものになっていた。

 ヴァーンのときは違い、クレスとシノは互いに剣を構えたまま少ない手数で攻防を繰り広げる。どちらも鞘から剣とカタナを抜いていることもあり、隙を見せた方が負けるといった緊張感が場を覆い、無駄は動きを極力封じて相手を見やる。それは呼吸を合わせた舞踏のようにも見えた。まるで、それぞれに“意志”を投げかけているかのようでもある。


「二人とも、すごく落ち着いていて、動きが似ています……。なんだか、不思議な戦いですね……」


 そうつぶやくフィオナに、隣であぐらを掻いていたヴァーンが頬杖を突きながら――それでも二人の戦いからは決して目を離さずに言った。


「そりゃーアイツらは同じ型だからな。剣っつーのは槍に比べりゃ途方もねぇくらい流派が多いが、アイツらのはどっちかっつーと受け身の型なんだよ。相手の動きに合わせて戦うモンな。だからよく“見合う”。ま、クレスのは元が我流だから違いはあるが」

「なるほどぉ……そういうものなんですね……」

「ああいう型のヤツは大抵カウンターや一撃必殺が得意だからな。見てりゃわかんだ。だからオレはお師匠さんを手数で押し切るつもりだったが……あーくそっ、狙いは悪くなかったはずだ。問題は初撃をいなされてから動きを強制されたのと、ああいうろくな弱点のねぇヤツへの揺さぶり、臨機応変に狙いを切り替えねぇと……しっかし、だからってあんな動きができんのか? ああオイちげぇだろクレスそっちじゃねぇ!」


 ぶつぶつとつぶやきながらも、二人の手合いに熱い視線を送り続けるヴァーン。普段はおちゃらけていることの多い彼が、こと戦闘のことになるとこうして真剣な顔になるのがどこか面白くて、フィオナはくすっと笑みをこぼした。


「ヴァーンさんも、クレスさんもシノさんも……なんだかみんな、とっても楽しそうですね。ちょっぴり、羨ましいです」


 フィオナの視線の先で、クレスとシノが距離を詰めて鍔迫り合いを始める。

 静かな――しかしどこか高揚しても見える口下手な師弟の表情を、フィオナはずっと見守っていた。

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