♯190 シノvs.スライム
◇◆◇◆◇◆◇
内部で起きた突然の爆発により、洞窟全体がズン――とわずかに揺れた。
土煙が舞い、パラパラと天井から土の破片が落ちてくる。
ギョロリと剥いた目でそれらを眺めていたスライムが、唸るようにつぶやく。
「――理解。この程度では倒せぬようである」
スライムの目は、土煙からグルンッと右方向へ動く。
そこに、シノの姿があった。
爆発によって弾けとんだのだろう。美麗だったシノの和装は無惨な状態になっており、特に右半身の生地の損傷が激しい。目立った怪我こそないものの、両肩や右手、右足は素肌まで露わになっており、髪もほどけてしまっていた。
スライムが興味深そうに言う。
「柔いな。やはり女であったか」
スライムの目は、じーっと射貫くようにシノを見つめる。
和装が崩れたことで、白いサラシが巻かれているシノの胸元までもが晒されてしまっていた。それは先ほどまでキツく締め上げられていたようだが、一部が焼け焦げたことで中の確かなボリュームを覗かせてしまっている。
シノはそんな自分の姿を見下ろして、長いため息をついた。
「……はぁ~~~、やってしもうたぁ。これ、国から持ってきたお気に入りじゃったのに……ボロボロじゃ……」
「?」
和装をつまんでしょんぼりと肩を落とすシノ。これでもまだ落ち着いた様子のシノを見て、スライムはまるで首をかしげるかのように頭部をぐねぐねさせた。
「不可解なり。汝のように非力な女では――それも目の見えぬ者には我を倒すこと叶わず。死を前にした人間の反応ではない。解せぬ。脳または精神に異常があるのか。その両方か」
「む、ひどい言いぐさじゃね。それはうちでも傷つくよ」
「汝は理解すべきだ。我の『結界』に侵入した時点で汝の死は決まっている。普通の人間であれば命乞いをすべきである。ゆえに汝は普通ではない」
「普通でない自覚はあるけど……そんなん必要ないんよ」
「何故だ」
「うちがあんたより強いからじゃ」
シノの右手が腰のカタナに触れた刹那――スライムの体は四分割されていた。
「……? ? !?!?!?」
スライムが自らの異常に気付いたときには、四つに分かれた体がべちゃべちゃと地面に崩れおちていた。さらに四等分された一つの体と入れ替わるように、シノがその場へ瞬間移動している。
「油断はいかんね。うちと一緒に反省すべきじゃ」
「!!!!」
すぐ傍で立ったままスライムを見下ろすシノ。カタナはとうに鞘の中へ収まっており、スライムはその刀身を確認することすら出来なかった。
するとスライムは分割された体をその場でそれぞれ素早く動かし、あっという間に再び一つにまとまって合体、再生する。それを見てシノが「ありゃ」と声を上げた。
「そうじゃそうじゃ。スライム族は再生力が強いんじゃったね。久しぶりじゃったから忘れとったよ。それにしては早すぎるけ、さすがに上位魔族なんじゃね」
「…………!」
ジリジリと歩み寄るシノ。スライムはその距離だけ後ろに下がる。
完全な再生を果たしたスライムは、ギョロッと巨大な目でシノを睨みつけた。その目は充血したように赤く変化している。
「――我が名はルード。長き時間を経てスライム族より進化を果たせし高位魔族なり。この柔軟な知能と体は力に怯むことはない。我はどのような相手にも油断しない。ゆえに負けることはない」
「えらい自信じゃねぇ」
「我はヒトよりもはるかに優れた生物なり。汝がどれほど斬ったところで我の命を絶つことは叶わぬ。汝がどれほど強くとも、所詮ヒトの領域なり」
「なら試してみるしかないねぇ。ここまで大きなスライムさんとは戦ったことがないから……どこまで細かく斬れば終わるんじゃろうか。それともその大きな目が――」
シノが再び腰のカタナに手をやろうとしたとき。
「――愚かなり」
大きく歪んだスライム――ルードの口に、シノの手がピタリと止まる。
シノとルードの周囲――そこにはいつの間にか多くの『目玉むし』がおり、それぞれの目がじっとシノを見つめていた。
シノは未だに目をつむったまま、静かに口を開いた。
「この虫はあんたの魔力を分割した分身体なんじゃろ? だからこそ自由に動かせるようじゃけど、分割した分だけ力は弱くなっとる。“これ”じゃうちは倒せんよ」
「理解している。だが、他の者であればどうであろうか」
「――!」
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