♯191 無限抜刀


 スライム――ルードの言葉に、シノの表情がわずかに変化する。


「森の中に大勢の騎士たちが入り込んでいることは承知している。あれらが我が分身に耐えられるであろうか。勇者や騎士たちが戦えたところで、街の人間はどうであろうか。既に相当数を忍ばせている。汝よりもはるかに非力な、平和にうつつを抜かすだけの愚かな人間たちが、脆い幼子が、果たして耐えられるであろうか」

「……そういうことかぁ」

「汝にも理解出来たようだ。言ったであろう。我は油断しない。我は慎重である」


 動きを止めたシノの全身に、ルードの触手がニュルニュルと伸びる。そのうちの一本がシノのカタナを奪い取り、さらに他の触手でシノの身体を縛ると、壁に固定する。触手はまた金属のように固くなり、シノの自由を封じ込めた。

 そして、シノの周りには小さな『目玉むし』が大量に集まっている。一斉に飛びつかれでもしたら、それこそ洞窟が崩れおちるほどの大爆発が起こるだろうと思われた。


 ルードはシノの刀を鞘から抜き取り、魔術で起こしたままのかがり火で刀身をじっと眺めた。


「見事な一品なり。名のある剣匠の品であろう。この妖しい光、魔剣であろうか。ともあれ、これで汝は風前の灯火である」

「見る目があるね、スライムさん。まさか、このちっこい目玉の虫が爆発するとまでは思わんかったよ……」

「……解せぬ」


 鋭く尖ったルードの触手がシュルルと伸びて、シノの喉元へと突きつけられた。その際に切り裂かれたサラシがハラハラと地面に落ちていき、束縛されていた胸部が自由を取り戻す。


「何故恐れない? 何故安堵する? 汝には心がないのか」

「失礼じゃね。例えスライムさんでもこんな姿を見られてばり恥ずかしいんよ? もしも相手が知り合いじゃったら、穴に入って泣きたいくらいじゃ。一生もんのトラウマよ」

「そういうことではない」


 ルードの触手がさらにシノの喉元へ近づき、ツー、とわずかに血が流れ出る。


「人間は己の本性を隠す。汝は特にその傾向が強いようだ」

「うちの何を知ってるっていうんよ」

「我は知っている。汝は勇者を守るため、わざと此所へ連れてきた。自分の目の届くところで守ろうとしたのだ。そして同時に――汝は我を・・目的・・としていたのだろう・・・・・・・・・?」

「…………」

「このダンジョンは我の力そのものなり。ヒトの目から隠すことは容易い。当然、十分な結界を張っていた。魔力の漏れなどない。ゆえに今まで気付かれることはなかった。汝だけが気付いたのだ。なぜ、我が此所にいるとわかった? どこまで知っている・・・・・・・・・?」

「…………」


 ルードの目はさらに赤くなり、それはまるで怒りを表現しているかのようですらあった。


 だが、シノは何も答えない。


 その反応にしびれをきらしたのか、ルードはとうとうこう告げた。


「……無言ならばそれもよし。潔く死するがよい。弟子の最期も見届けられずにな」


 ガキン、と何かが砕けるような音がした。


 ルードが大きな目を見張る。


 シノの喉元へ突きつけられていた触手――金属のように固く尖っていたはずの切っ先がちぎれるように折れていた。

 シノが咥えていた切っ先をぷっと吹き出す。

 さらにシノがスゥッと一息呼吸をすると、全身を縛りつけていた硬化触手までもがすべて激しい音を立てて破壊された。

 自由を取り戻したシノが音もなく地面に降り立つ。そしてボロボロになった衣類を上手く結び合わせ、胸元を隠した。


 顔を上げたシノのまぶたが、静かに開く。



「いかんよ」



 藤紫色の美しい瞳が――ルードを冷たく見据えた。



「……ッ!!」



 目が合った瞬間、ルードは即座に後方へと跳ぶ。さらに触手で絡み取っていたシノのカタナを自分の口へ運び、鞘ごと丸呑みにした。すると鞘がシュワァと溶け始める。


「不可解なり! 汝の武器も、有象無象の人間共も我が手中にある。妙な真似はしない方がよい。死を享受せよ!」


 シノの周囲に集まっていた『目玉むし』たちがジリジリとシノの元へ近づく。完全に逃げ場はなかった。


 するとシノは――瞳を開けたまま穏やかな表情でふっと笑った。


「ルードさん、と言うたね。違うんよ。それはうちの“武器”ではないんじゃ」

「!?」


 シノが体勢を低くし、何もない腰の辺りに手を構える。


 世界が静まり返った。


 スゥゥ――と彼女の呼吸音だけがする。


安曇流無限あずみりゅうむげん抜刀術――」


 その動作と声を見聞きして、ルードは急速にダンジョン構造を変化させると、地面を次々に隆起させ土壁で何層もの盾を作る。同時にシノの周囲の土壁を圧縮させるように固めて、そのままシノを押しつぶそうとした。


 シノが、音もなく右の手刀を振り抜く。

 それは、あまりにも流麗な居合いだった。 




「――《そで羽風はかぜ》」



 

 ふわっ、とわずかな風が起こる。


 次の瞬間。


 轟音。


 その場のすべての『目玉むし』が熱を放って大爆発を起こし、ルードが魔力で操るダンジョンの土壁を次々に破壊、吹き飛ばした。


 そして、ルードの体は細切れとなって崩れ落ちていた。


「……! !? !?!?!!?」


 それは先ほどの四分割程度のものではない。数え切れないほど無数の欠片である。まさに細切れとなっていた。当然、ルードの巨大な目も斬り裂かれ、原形を留めていない。唯一、彼の体内にあったシノのカタナのみがその形を保っていた。

 それだけではない。

 ルードの後方――洞窟の壁すらも音を立てながら崩れ、ダンジョンが崩壊を始めていた。ダンジョンマスターが命を落とせば、ダンジョンはその存在を保てない。


 爆発後の土煙から無傷で現れたシノは、ゆっくりとルードの元へ歩み寄り、カタナを拾い上げて話す。


「『紗々雨さゝめ』言うんじゃ。この刀はね、未熟なうちの“刃”を正確に外へ伝えるための道具に過ぎんのよ。存在転換みたいのはただの副次能力じゃ。なくても構わんのよ。……まぁ、上手く扱えんとこうじゃけどね。加減も出来なくて、すまんね」

「……!! !!!???」

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