♯188 灼熱のハーレム


◇◆◇◆◇◆◇



 焼けつくほどの熱を放出するヴァーンの黒き槍が、海岸で暴れる巨大な目玉の魔物を貫き爆散させた。


『――うっしゃあ! 最強のオレ様に逆らうからじゃ! これに懲りたらオレの女たちに手ぇ出すんじゃねぇぞコラ!』


 砂浜に槍を突き刺し、海パン一丁で仁王立ちするヴァーン。ギラギラと照り付く太陽がスポットライトのように赤毛の彼を差した。


『ヴァーンさん……素敵! 抱いてください!』


 ビキニの水着姿のセリーヌがひしっとヴァーンの腕に抱きつく。豊かな胸部が腕に押しつけられて形を変えた。

 すると、同じく水着姿のリズリットがヴァーンの逆の腕にくっつく。


『ず、ずるいですセリーヌ先輩。ヴァ、ヴァーンさんは、リズと二人きりで遊んでくれるって……!』

『あらリズ、アカデミーでは先輩が絶対よ? 後輩ならあたしに譲りなさいな』

『こ、ここはアカデミーじゃないです! もんっ! それに、だ、大好きなヴァーンさんだけは譲れませぇん!』

『オイオイ二人とも落ち着けっての。オレ様はそこいらの並の男じゃねぇんだぞ? ケンカなんてしなくても、二人まとめて抱いてやったから安心しな』

『『ヴァーンさん……!』

 

 キラキラと瞳を輝かせるセリーヌとリズリット。ヴァーンが二人を抱きしめると、二人はポッと頬を赤らめて身を寄せた。

 さらにそこへ、アカデミーの貴族令嬢三人組――アイネ・ペール・クラリスがやってきた。もちろん三人とも水着姿である。


『ちょっと待ってくださいおじさん! 最初に約束したのは私のはずですよ!』

『おじさんおじさん! アイぽんとじゃなくてわたしと遊んでぇ!』

『二人とも、そんなに身を寄せてはしたないですわよ。おじさんに嫌われてしまいますわ』


 前後左右から五人の乙女にぎゅうぎゅうとくっつかれ、気をよくするヴァーン。両手で全員を抱きかかえると、高らかに笑った。


『ハッハッハ! ったく素直になりゃあ意外と可愛いガキ共だぜ! よし、全員まとめて抱いてやる! オラコイ! 今夜は長くなるぜぇ!』


 気持ちよさそうに大笑いするヴァーンだったが、そこで背後から後頭部を何者かにぶっ叩かれて前のめりに倒れる。

 砂に埋まった顔を出したヴァーンはぶるぶると首を振り、それから後ろを向く。


『いってぇなコラ! どうせお前だろって思ったわエステル!』


 そこに立っていた氷の瞳の美女は、腕を組んだ状態でヴァーンを静かに見下ろしていた。

 それからエステルはため息をついてヴァーンの耳を引っ張り、強引に立たせた。


『いてててて! なんだよコラ!』

『こっちに来て』

『ハ? オイんだよいきなり。オレ様はこれからあいつらとだな』

『いつから子どもに興味を持つようになったのかしら。いいから来なさい』

『ちょ、オ、オイ!』


 エステルに手を引っ張られるまま、ヤシの木の元へ向かうヴァーン。彼が振り返るといつの間にかセリーヌたちの姿は忽然と消えており、空はすっかり暗くなっていて、月と星々だけがそこにあった。ヴァーンはそれに何の疑問も持たなかった。


 木の下へ辿り着くと、エステルがヴァーンの身体を木の幹に押しつける。それは普段ヴァーンが女性に言い寄っているときのような状態であったが、その立場は逆になっていた。ゆえにヴァーンは困惑する。


『ンだよ。そんなにオレ様が他の女に取られんのがイヤか? ったくよぉ、テメェはいい加減素直になれっての! ほらよ、誰も見てねぇから心も体も裸になりなエステルちゃん! そうすりゃオレ様も仕方なくテメェを抱いて――』

『わかったわ』

『――ハ?』


 エステルが背中の方に手を回すと、パサ、と乾いた音を立てて布きれが落ちた。

 ざざぁん……と静かに波が打ち寄せる。

 ヴァーンよりずっと背の低いエステルが、その上半身を片腕で隠しながら、下からじっと上目遣いにヴァーンを睨む。その瞳はじわりと潤んでいた。


『私は、自信がない。可愛げもないし、体つきだって貧相だわ。女として自分に魅力がないことはわかってる。だから怖いのよ。あなたが離れていくことが』

『……オ、オイ? 何言って――』

『私には貴方しかいない。大切な人の心をつなぎ止めるためなら、これくらいのこと……なんてことは、ないわ』

『……エステル、お前……』

『……素直に、なるから。私のすべてを、あげる、から。だから……』


 エステルの白く細い手が、ヴァーンの暑い胸板に触れる。



『わ、私を…………貴方の、恋人に、して……?』


 

 潤んだ瞳からぽろりと涙が落ちる。その顔は、夜でもよくわかるほどに紅潮しきっていた。


 ヴァーンはしばらく口を開けたまま呆然としていたが、やがて「へっ」と笑ってエステルを抱きしめた。

 

『やりゃあ出来るじゃねぇか。よぉしわかった! このオレがお前を女にしてやる! このオレ様にすべて任せなッ! ま、恋人にしてやるかどうかはそれから考えてやるよ』

『はい、ヴァーン様……。貴方の思うままに……』

『クククッ、とうとう氷の女までオレ様の虜かよ。やっぱりオレ様は最強にかっけーな! ハハハ、ハハハハハ! グワーッハッハッハッハッハ!』


 星空の下で気持ち良く笑うヴァーン。


 そんな彼の身体が――下半身からパキパキと音を立てながら凍りついていた。


『――んあっ?』


 下を向くヴァーン。


 彼の顔が一瞬にして青ざめる。そして背筋さえも凍った。



 そこに、鬼姫おにが居た。



『……妄想でこの私を手込めにしようだなんて、良い度胸ね……』



 先ほどまで恋する乙女の瞳だった顔は、どす黒い恨みを宿した悪鬼のごとき形相に変貌していた。


『また見たわね……また見たのね……。この私を辱めた仕打ちは一生忘れない……許さない……許さない許さない許さない……! 死んでも許さない永遠に許さない未来永劫許さないお前は一生私に金を貢ぎひれ伏す下僕となるのよ私が長身巨乳の美女になるまで永遠に永遠に永遠にお前はお前はお前はお前は!!!!』

『ぐお!? ちょ、まっ、なんで首しめ――ご、ぐがががががががが!』

『フフ……逃げられないわよ。お前は一生逃げられない。フフ! ウフフフフフフフフフフフフフフ!!!!』

『がぁっ!? おいエステル待っ! し、しぬぅ! ぐおっ、おおおおおおおおおお――!?』


 ヴァーンの視界が暗くなり、ついにはその意識が途切れ――――――


 ――――


 ――

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