♯178 お揃いの姉妹と扉の前のティータイム
フィオナがソフィアのペンダントを見つめながら話す。
「ソフィアちゃん、これって――」
「うんっ。これね、お母様がいつも大切に持ってたものなの。わたしもこれを形見としてもらって、大切にしてたんだけどっ」
「ミネット様が……。それじゃあもしかして、わたしのお母さんとお揃いだったのかな?」
「そうそう! そうだと思う! 大切な親友だって言ってたし、きっとお揃いで持ってたんだよ! そっかそっかぁ、それを、今はわたしたち娘が持ってるんだね!」
「そう……なんだ……」
今度は首に掛けた自分のペンダントに目を落とすフィオナ。長い間あの村に残されていたペンダントの宝石は、しかし今も輝きを失ってはいない。
すると、ソフィアもそのペンダントを自分の首に掛けて、にぱっと明るく微笑んで手を広げた。
「じゃーん! どうかなどうかな? これでわたしたちもお揃いだねっ」
「ソフィアちゃん……ふふっ! うん、そうだね。すごく似合ってるよ」
「フィオナちゃんの方が似合ってるよ~! わたし、まだ子どもっぽい顔だからなぁ。ほら見てよぅ、胸だってぜんぜんおっきくならないんだよ? むむう、本当に姉妹なんでしょうか……!」
「ええ? そ、そこで判断するの?」
「温泉のときからずっと思ってたのです。これは双子の差じゃありませんよ!」
ソフィアは自らの胸を持ち上げてがっくりした後、フィオナのものをじーっと凝視した。二人ともまだ成長期であるし、双子といってもだいぶ特殊な生まれである。それぞれの母の血を濃く継いだこともあって、体つきなどはやはり異なっていた。しかしソフィアは一般的には決して小さい方ではなく、それなりにボリュームもあるのだが、フィオナと相対的に比べてしまうと、ということである。
「これは詳しく調べる必要がありそうですね……というわけでだーいぶっ!」
「ひゃあっ!?」
ソフィアが楽しそうに飛びついてきて、そのままベッドに寝転がる二人。さらにソフィアはフィオナの身体を間近で観察しながら言う。
「やっぱりこの差はおかしいっ! どうして姉妹でこうも違うのですか! 結婚してるからなんですか! 好きな人がいるからなんでしょうか!」
「ええっ? そ、それはたぶん関係がないような……って、その、さ、触りすぎだよぅ~!」
「詳しく聞かなければなりません! というわけでフィオナちゃんっ、クレスくんとの旅はどうだったの? 楽しかった楽しかった? いっぱいラブラブできたっ?」
「え? う、うん。楽しかったよ。いろんな街も見てこられたから」
「そっかぁ、いわゆる新婚旅行ってやつだもんね。いいなぁ憧れるなぁ! ねねねっ、それでクレスくんとはどういうデートしてきたの? イチャイチャした?」
「えっ? え、えっと、う、うん……」
「わーやっぱり! じゃあ具体的にはどんなことしたの? キスとかたくさんした? えっちなことは? やっぱり気持ち良いのっ?」
「ええーっ!? ど、どうして急にそんなこと訊くのっ?」
思わぬ発言にボボッと紅潮していくフィオナ。
ソフィアはニマニマと笑みを浮かべながら、逃がさぬとばかりに腕を絡めてくっついてくる。
「だってお姉ちゃんがどんな恋愛してるか気になるもん。わたし聖女だし、恋愛禁止だし。だからって興味ないわけじゃないんだよ? 年頃の女の子だもん。なのでぇ、代わりにお姉ちゃんが教えてください! 懇切丁寧に詳しくお願いします! 家族だからいいよねっ?」
「む、無理だよ~! むしろ家族だから無理なの~!」
「ええ~! 可愛い妹のお願いなんだよ~?」
「ソ、ソフィアちゃんはすごく可愛いけど無理だよ~!」
「いじわるしないで教えて教えてっ! じゃないとぉ……えっちなことしちゃうぞぉ!」
「ええ~っ!? や、やめてやめて~! ソフィアちゃんっ、ほ、本当は全部知ってるんじゃ~!?」
ベッドの上でもみくちゃになってじゃれ合う二人。
やがて、どちらからともかくおかしそうに笑いだす。
二人の姉妹は、しばらくそうやって笑い合っていたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
――時間が少しだけ戻り、聖女の寝所入り口。
重厚な扉の前で、クレスはイスに座ってアイスティーを飲んでいた。メイドがテキパキと用意してくれたお茶の味はやはり良いのだが、クレスとしては多少落ち着かない心境である。
「……すまない。なぜ、ここでお茶を?」
小声で尋ねてみる。
付き合ってくれると言った彼女だが、それは一緒にお茶を飲んでくれるという意味ではないらしく、立ったまま働き続けている。
「ソフィア様に“万が一”があってはいけませんので。クレス様にはご協力感謝致します」
「あ、ああ……」
よく意味はわからないが、どうやらクレスがここにいることで何か役に立っているらしい。
ただクレスの背後――聖女の寝所からは、先ほどからフィオナとソフィアの会話がたまに聞こえ漏れてくる。詳しい内容まではわからないが、なにやら盗み聞きしてしまっているようでいたたまれないのだ。
そして黒髪のメイドがさらに二人分のグラスを用意したところで、扉の向こうから「おーい!」と大きな声が聞こえてきた。続けて「ちゃんと見張っててねー!」という言葉が続く。どうやらソフィアのものであるようだ。
するとメイドは扉の前に立ち、コンコン、コン、と合計三回のノックをする。クレスにはよくわからないが、それが返事らしい。
メイドがクレスの傍らに戻り、おかわりを注いでくれる。
「あ、ありがとう……」
「いえ。お話の続きですが、クレス様がこちらにいてくださるとわかれば、ソフィア様もフィオナ様もご安心なされるでしょう」
「ん、フィオナのことも考えてくれていたのかい?」
「大切なお客様ですので」
「……そうか」
クレスは満足そうにうなずき、冷たいお茶を口に含む。
メイドはさらに二人分のグラスを用意し、そこに氷を入れながら話した。
「ところでクレス様。こちら、ご入り用でしたらお使いください」
「ん?」
クレスの前に差し出された一枚の紙。そこには『開業届』と記されていた。
「聖都で店舗を経営されるようでしたら、必要事項を記入して教会の窓口にお届けください。教会より審査が入りますが、許可を得られましたら援助がございます。お役に立てるやもしれません」
「え……あ、ああ。ありがとう……」
紙を手に取って呆然とするクレス。
今日、クレスとフィオナは街に帰ってきてからセリーヌやリズリットたちにスイーツ店計画のことを土産ついでに少しだけ話した。相談のつもりもあったが、本当に少しだけだ。
それを、この少女はもう当たり前のように知っている。
クレスはつぶやく。
「……君はすごいな」
「恐れ入ります」
恐れ入るのはこちらだとクレスが思ったところで、扉の向こうから二人の少女がキャッキャとはしゃぐ楽しそうな声が聞こえてきた。たまにフィオナが色っぽい声をあげたが、これは姉妹水入らずであろうと、クレスは聞かないフリをした。
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